『不可解なエビデンスに学ぶスキルとしての怪異』 著者 宜月裕斗さんインタビュー ──「死をネガティブに捉えないでほしい」
撮影・中島慶子 文・クロワッサン編集部
夏は怪談本が読みたくなる季節。背筋が凍るようなホラーもいいけれど、本書は少し毛色が違う。その舞台は、多くの人が最期に向かう過程で、避けがたくも深く関わる場所、病院。現役の看護師でありながら怪談作家としても活動する宜月裕斗さんは、そこで起こる不思議な出来事を、膨大なサンプルとして集め、まとめた。
「病院怪談は、解剖学や疾患の症状などのエビデンスで説明がつくことが多いんです。幻視や幻聴、幻臭も、ストレスや環境が引き金になっているケースは少なくない。ただ、それだけではどうしても説明がつかない不可解な現象というのも、確かに存在するんですよね」
患者が見たという「何か」を、脳の誤作動や疲労として医学的に切り捨ててしまえば簡単ではある。ましてやこれからの日本において、身内の介護や認知症のケアは切実な課題。大切な家族が誰にも見えない「何か」について語り出した時、人は戸惑い、つい否定したくなるかもしれない。しかし宜月さんは、対話を諦めないことの重要性を説く。
「不思議な話を聞いた時に『それは見間違いよ』と頭ごなしに決めつけたりせず、『なぜそう思ったんだろう?』と理由を聞いてあげてほしいんです。その言葉の裏には、寂しさや、伝えきれない思いが隠れていることがある。対話を諦めないことが、患者さんの心に寄り添うことにつながるんです」
怪異を異常な現象として排除するのではなく、患者の孤独を拾い上げるための手段として捉える。現場の看護師として多くの死を見守ってきた宜月さんにとって、病院での怪談は、形を変えて現れた“心の声”なのだ。だから本書で編まれる物語には、死を恐れる心すらも認め、穏やかに受け入れるための準備も記されている。
介護をしている方々には、ぜひ読んでいただきたい
「この本で書きたかったのは、死をネガティブに捉えないでほしいという思い。誰しも必ず死に向かっていくし、それは平等に起こりうること。死を怖がってもいいけれど、自分自身の経験や、その過程で起きた不思議な出来事まで否定しなくていい。怪異もその一つであり、皆さんの大切な思い出として受け止めてほしいんです」
実は、宜月さん自身は非常に怖がりで、心霊スポットなどには決して近づけないそう。しかし、患者が経験した不思議な話に対する探究心が、恐怖を好奇心に変えるのだろう。とはいえ宜月さんにとって、幽霊の正体を解明することは目的ではない。誰かが体験した不思議な出来事を聞き、尊重することが、人生の終着点に近づく道のりで、孤独を抱える人々の救いになるのだという。
「介護をしている方々にはぜひ読んでいただきたいですね。何か言われた時にどう耳を傾けるのか、その術も書いているつもりです。不思議な話は、死を受け入れるための準備であり、自分自身を肯定するための物語でもあるんです」
『クロワッサン』1171号より
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