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【エッセイ】東北の温泉を遥か巡って──ヤマザキマリさん

ふと思い立って旅立つのも楽しいですが、目的を持って旅すると、思い出も格別。日本じゅう、訪ねてみたくなる土地がたくさん。あなたの次の旅先を見つけませんか。

文・ヤマザキマリ イラストレーション・水上多摩江

東北の温泉を遥か巡って

【エッセイ】東北の温泉を遥か巡って──ヤマザキマリさん

文・ヤマザキマリ

日本文化という分野が不得手だと思われているからなのか、時々日本の伝統芸能や歴史・文化に関わる仕事をすると「へえ、ヤマザキさんが」と珍しがられることがある。確かに十代半ばでイタリアへ移り住み、古代ローマ時代やルネサンス時代の漫画など描いている人間には、日本への関心などそれほど無いような印象があるのかもしれないが、イタリアでの留学生活が始まって間も無く、日本がもう簡単に帰れない場所になったという自覚がつのればつのるほど、日本に対する思い入れも強くなっていったように思う。

フィレンツェで美術学校に通っていたころ、日本からの留学生がイタリアを去る時に置いていった三島由紀夫や川端康成といった文豪たちの本もさることながら、その中に混ざっていた、孤高の漫画家つげ義春の、日本の鄙びた温泉地の有様や、高度成長期の社会に帰属できない人間の心情を描いた作品は、私に強烈なインパクトを与えた。

ヤマザキさんがフィレンツェでの留学時代、最も影響を受けた表現者は誰ですか、ダ・ヴィンチですかラファエロですか、というインタビュアーの質問に「つげ義春さんです」と答えて相手を驚かせたことがあったが、私が彼の一連の作品によって、自分の中に潜在している日本という風土と切り離せない強い思いに気付かされたことは事実である。つげ義春の描く日本の情景はその時から20年近く経って、古代ローマ人の浴場技師が現代の日本にタイムスリップする漫画「テルマエ・ロマエ」を描くきっかけとなった。

イタリアのあとに暮らすこととなるシリアでもポルトガルでも、移り住んだ先で浴槽のある家に当たらないストレスと、子どもの頃から足繁く通っていた近所の銭湯や、つげ義春作品に出てくるような古い日本の温泉への渇望が結合して生まれたのがあの作品だが、ようやく1話目が雑誌に掲載された直後、ちょうど日本に滞在していた私は、つげ義春が作品に残した温泉を実際に訪れるために、レンタカーで東北県内温泉巡りの旅をしたことがある。

私は子どもの頃から計画や予定を立てたり、それを達成させるといった意識に縛られて行動をするのが得意ではなかった。14歳の欧州一人旅も、その後のイタリア留学も、私の意思ではなく、旅立つ私の胸中にあったのは、なるようにしかならないという諦観だけだった。しかし、東北の温泉を巡る旅については、かつてフィレンツェ時代、憧れて止まなかったつげ氏の訪ねた温泉地へ赴いて、彼が感じていた厭世的な気持ちを模索してみたい、という確固たる目的があった。秋田県の乳頭温泉郷から八幡平の蒸ノ湯温泉に後生掛温泉、岩手の夏油温泉など、とりあえず漫画作品で知った温泉をしらみつぶしに訪れ、電気も通っていないような人里離れた山奥の秘湯にも足を運んだ。

大きなホテルや旅館の集まる賑やかな温泉街と違って、東北地方に散らばる秘湯はみな周辺の自然にひっそりと溶け込み、そこにどれだけ極上のお湯が渾々と湧いていても、温泉側の訪れる人々に対する慎ましく謙虚な姿勢は、おそらくつげ氏の時代からそう変わっていないはずだ。虚勢から身を解き、地球の恩恵である温かいお湯にじっくり浸かりながら、自分たちが一介のひ弱な生物に過ぎないことを実感しつつ、骨の髄まで癒やされる。世界がどれだけ広くても温泉に対してここまで深い敬意を抱いているのは、やはり森羅万象の国日本の特徴であり、どんなに世界を転々と動きまわっていても、自分にとっての極上の燃料は、そうした日本の温泉からでしか得られない。私にとって日本の秘湯は、いわばガソリンスタンドのようなものなのである。

ヤマザキマリさんがVtuberに!
  • ヤマザキマリ さん

    漫画家、文筆家、画家

    1984年の渡伊以来、エジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。今年4月から古代ローマ人Vtuberミネルヴァ・カクーメン・モンティスとして、古代ローマなど多様な話題をYouTubeにて配信中。

『クロワッサン』1169号より

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