考察『豊臣兄弟!』37話 VS呪詛!? 大和国を治める秀長(仲野太賀)が信じるもの。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
人生を賭けて
人は何を恐れ、何を信じるのか。
『豊臣兄弟!』37話は、本作の羽柴小一郎秀長(仲野太賀)らしい「秀長の国」、大和統治を描く。
天正13年(1585年)8月。
完成した大坂城天主から、羽柴秀吉(池松壮亮)が万感の思いで眼下を見渡す。
兄弟の会話は、ちょうど10年前、長浜(現・滋賀県長浜市)で一国一城の主となった18話(記事はこちら)を思い出すが、興奮はあの頃とは比べ物にならない。
関白! 殿下! でんでん殿下!
キャーッギャーッキャーッ。
秀吉49歳、秀長46歳。
アラフィフのおっさん兄弟が、ものすごい浮かれっぷりだ。
だが百姓の家に生まれた男が、天皇に次ぐ地位まで上り詰めたのだ。
これに浮かれずして、いつ浮かれるというのだ。
しかし、兄弟の大出世を支えてきた男が、その傍から去る。
蜂須賀正勝(高橋努)との別れは、寂しいがしみじみと良い場面だった。
大坂城の大広間において、四国征伐の論功行賞で阿波国(現・徳島県)を与えられた蜂須賀正勝。
のちの徳川政権下でも大名として存続し、大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(2025年)にもその名が登場した阿波蜂須賀家。
本人の意向で城主は息子に譲ったが、蜂須賀正勝はその礎を築いた男である。
夜が更けた後、羽柴兄弟と蜂須賀の義兄弟・前野長康(渋谷謙人)との酒宴は、ささやかだが温かい送別の宴となった。
「儂の人生を賭けてきてよかった」
羽柴兄弟出世の階(きざはし)の第一段目であった墨俣一夜城。
第7話(記事はこちら)の出会いから20年、天下の頂へと駆け上がる兄弟と共に戦い、その喜びも悲しみも背負ってきた。
その荷を下ろすとき、この言葉が出てくるならば、満ち足りた人生ではないか。
「これが、一夜城をともに作った者たちが過ごした、最後の一夜でございました」
お疲れ様でした、蜂須賀さん。
藤吉郎&小一郎と歩んでくれて、ありがとう。
秀長、大和国へ
秀吉は、大坂の周りを羽柴一門衆で固める。
甥の羽柴秀次(山田涼介)に近江(現・滋賀県)を与え、東国への備えとした。
秀長は、紀伊(現・和歌山県)、和泉(現・大阪府南西部)に加えて、大和国(現・奈良県)を領地として与えられた。
寺社勢力が強い力を持ち、あの松永久秀(竹中直人)ですら完全掌握には手こずった地である。
さて一体どうするかと頭を悩ませる秀長の前に、家臣団が顔を揃えている。
これから主従力を合わせて大和国を治めるのだ。
この中で、小堀正次(萩原護)に注目したい。
江戸初期に建築・造園・茶の湯と多方面で活躍した、小堀遠州(政一)の父だ。
小堀遠州はこのとき既に生まれている。家に帰れば、日本文化に多大な影響を及ぼす未来の芸術家がいるのか……と、生真面目そうな正次の様子をまじまじと見てしまう。
松永久秀の後に大和国を治めていた筒井順慶(永沼伊久也)が拠点とした郡山城(現・奈良県大和郡山市)の、拡張工事現場の場面。
慶(吉岡里帆)がてきぱきと割り振ってゆくうちに、家臣団、そして秀長と慶の娘、末(池端杏慈)の個性が見えてくる。
歴史上の羽柴秀長の娘は、養女を含めて複数いる。
いずれも生母は明確になっておらず、末という名前の娘はいない。ドラマに登場する末は、フィクションの部分が大きい存在だ。
おおらかにのびのびと育てられた末は、城の備蓄米より美味な米を求めて行動を起こす。
「みんなに美味しいお米を食べさせたい。私も食べたい」
おてんば姫の行動力が、大和統治の問題点をあぶり出すことになるとは……。
興福寺に伝わる“呪詛”
大和国寺社勢力の手ごわさを表す、興福寺一条院坊官、磐覚(坂口涼太郎)。
重税にあえぎながらも仏罰を恐れる村人代表、庄屋の石川清兵衛(伊藤健太郎)。
『べらぼう』『光る君へ』(2024年)と、近年の大河ドラマで好演した俳優が、本作37話でも重要な役どころを担う。
末の侍女・むぎ役の信川清順は『光る君へ』でも侍女だったので、また自由すぎる姫様に振り回されているのかと笑ってしまった。
美味な米を求めて村を訪れた末、娘を追いかけてきた秀長が百姓の困窮を知ることになる。
天候に恵まれた年であったのに出来の悪い米に、原因は重い年貢だと言い当てる秀長。
「わしは元は百姓だで」
国主となっても、百姓時代に培った目は曇っていない。
秀長は清兵衛の手を取り「一所懸命に田を耕す者の立派な手じゃ」と褒め、労う。
だが、庄屋の石川清兵衛は
「手前どもが生きておられるのは、御仏のおかげにございまする」
「仏罰が下ります」
「寺に逆らった者は仏罰で命を落としました」
清兵衛たち百姓を従わせているのは、御仏への信仰と、仏罰への恐れである。
興福寺には「名字を籠める」と呼ばれる、刑罰としての呪詛があったと伝わる。
文明18年(1486年)、箸尾為国(はしおためくに)という武将が興福寺への年貢を横領した。
興福寺は罪状と名前、罪を犯した日付を記した紙を仏前に捧げ、箸尾為国に仏罰が下るよう祈ったという。
興福寺の僧侶たちが、ひたすらに為国の名を唱える呪詛。
「名字を籠める」祈祷が始まってからひと月ほどして、箸尾が支配する村で疫病が発生し、多くの死者が出た。
偶然にせよ、仏罰の恐ろしさを周知するには十分だったろう。
他にも文明17年(1485年)、天正6年(1578年)にも名字を籠める呪詛が行われ、呪詛された本人が死んだ、その息子たちが不治の病となったと『大乗院寺社雑事記』(興福寺大乗院門跡による記録)に記される。
磐覚が興福寺の御堂に籠り仏に祈る場面は、こうした呪詛の史料を踏まえてだろうか。
水戸黄門のように
ただし、検地をしようとした小堀正次が賊に襲われたのを、人智を超えた存在に拠るものとするのは無理がある。誰がどう見ても人の悪意が働いてのことだ。
仏罰を装いたいなら、もうちょっと他にやり方あるんじゃないですか磐覚さん……と、苦笑いが出てしまった。
秀長は、磐覚の主張を否定して村人に向き直る。
「まことの御仏は、一所懸命に田畑を耕す罪なき民に罰などおくだしにならぬ」
「その罰、この秀長が一切を引き受けよう」
なおも食い下がる磐覚を、鶴の一声で諫める一条院権別当(いちじょういん ごんのべっとう)・兼深(赤星昇一郎)登場。
「仏罰などと愚かな」「恥を知るがよい」
「我らは長く要らざる力を持ちすぎたのやもしれぬ」
水戸黄門のようにこの場を収めたが、いや待てよ。
磐覚は以前、秀長に筒井(順慶)殿と変わらぬおつきあいのほどをって、言いましたやん。
権別当様は今まで、磐覚の振る舞いを許してきたってことですやん。
過去の百姓の苦しみをスルーしておいて、国主が強く出たらコレですか……?
とは、ちょっと思った。
いや、待て。
権別当様は「新しい国主、秀長は手ごわい」と見るや、磐覚を切り捨てたのか。
興福寺そのものは生き残ろうとする老獪な政治判断と見ることもできる。
もしそうならば、長年大和国に大きな影響力を及ぼしてきた寺社勢力、恐るべしである。
百姓らが安心して美味い米を作り、豊かに暮らせるなら結果オーライではあるが、今回の大和統治スタートの描き方には、いささか引っかかるところがある。
大和国の寺社勢力と、この地に暮らす人々の信仰心。
それらを限られた時間で描く難しさは承知している。
とはいえ、磐覚を既得権にしがみつく小悪党、秀長を民を救う善政の主として対置する構図は、少々単純すぎるように思う。
磐覚を演じる坂口涼太郎の全力の怪演が、この類型的な悪役を大いに盛り立てたので、かなり救われたのではないか。
登場から最後まで、次々と興福寺の仏像の印相を表現しながら語る磐覚は、興福寺と御仏への篤い信仰心すら感じさせた。
秀長が信じるもの
郡山城の石垣には、石仏や墓石などが石材として転用されている。
現在も「逆さ地蔵」と呼ばれる、上下逆さに積まれた石仏を見ることができる。
石材として郡山城石垣に組み込まれた、逆さ地蔵に手を合わせる秀長。
興福寺へ毎年五千石を寄進したこととあわせて、秀長が否定したのは寺社と信仰そのものではないということを描こうとしている。
足場の崩落事故から秀長を救ったのは、慶の声かけと、秀吉からの手紙だ。
手紙の中身は、弟の無事を祈って贈られた祇園社の御札。
秀長「慶は儂の守り神じゃ!」
慶「いいえ。兄上様のおかげでござりましょう」
磐覚は御仏の威を借り、百姓たちを恐れさせた。
秀吉は神仏に弟の無事を願い、秀長は妻を「守り神」と呼ぶ。
人は何を恐れ、何を信じるのか。
寺社勢力との対立は少々単純に描かれたものの、少なくとも本作の秀長が信じるものは一貫している。
権威ではなく、自分の目で見た人そのもの、自分を支えてくれる人の思いなのだ。
次回予告。
寺社勢力の次は、大和商人集団との攻防戦。
千利休(吉岡秀隆)が、また商売っ気にギラギラ輝いてる。
奈良といえば筆。大和郡山の商業を栄えさせろ!
狩野永徳。片岡鶴太郎が『べらぼう』に続き、絵師として登場!
38話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山田涼介、井上和 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
永原慶二(著)/本郷和人(解説)『戦国時代』講談社学術文庫, 2019年.
島崎晋(著)『呪術の世界史ーー神秘の古代から驚愕の現代』ワニブックス,2024年
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
柴裕之『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
和田裕弘(著)『豊臣秀長ーー天下人の賢弟の実像』中公新書,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年