野村紘子さん、友里さんが受け継ぐ、おもてなしの心。料理への愛。
母から娘へ、自然と受け継がれていることとは?
撮影・青木和義 文・嶌 陽子
“一番大事なのは、おいしく食べてもらいたいと思う気持ち”ー紘子さん
「友里、お皿はどれにする? ブルーの模様が入っているのはどうかしら?」
「そうね、春らしくていいかもね」
時折言葉を交わしながら、それぞれ手際よく作業を進める野村紘子さんと友里さん母娘。部屋中においしそうな香りが立ち込め、料理が次々と出来上がっていく。
「普段2人で台所に立つ時は、母がずっとおしゃべりしているんです。最近の出来事から、料理教室の生徒さんたちに聞いた話まで、話題が多くて」と、友里さんが可笑しそうに教えてくれた。
もう40年以上続けているという紘子さんの料理教室は、もともとは友里さんの友人の母親に料理を教えてほしいと頼まれたことから始まったもの。友里さんが幼い頃から、紘子さんは家を訪れるさまざまな来客を数々の料理でもてなしてきた。
今回紹介してくれたのは、これまで野村家の食卓に幾度となく登場した料理や、それを友里さん流にアレンジしたもの。そのひとつ、「パセリと人参のスープ」は「家では汁物は必ず出しなさい」という紘子さんの教えに沿って、友里さんが旬の野菜を使って作ったものだ。
「確かに外食で汁物をたくさんいただくことってなかなかないから、家での食事ならではよね」(友里さん)
「汁物って野菜をたっぷり取れるでしょう。それに、温かいものを口にすると、安心できるのよ」(紘子さん)
また、「じゃがいもとコンビーフのガレット」の元になっているのは、夏に家族で集まって過ごす「山の家」の朝食の定番、じゃがいもとコンビーフ炒め。今でも紘子さんの孫たちが大好きなメニューだという。
「友里は我が家の定番メニューを上手にアレンジするんです。私は保守的だからあまりそういうことはしないの」
そう話す紘子さん。一方、友里さんはこんなことを教えてくれた。
「母は料理教室を40年以上続けてきて、今まで一度も同じレシピを教えたことがないんです。常に新しいものを考えているんですよ」
たとえば「和風ラタトゥイユ」は、まだラタトゥイユがそれほど日本の食卓に馴染みがなかった頃、ご飯にも合うように、そして主菜にもなるようにと紘子さんが考え出したもの。
食への探究心や、誰にでもおいしく食べてもらいたいと考える姿勢は、母娘とも同じなのだ。
料理好きの母親のもと、人の出入りが絶えない家で育った紘子さん。たとえ不意の来客でも、即興でおいしいものを作ってもてなす母を見て、自然と料理が好きになっていった。
「常にお客様が訪れる家で暮らしながら、食事がおいしいと人がこんなに集まるんだ、と思ったものです」
肉を調理する前に丁寧に脂を取り除くなど、「見えないところにひと手間をかける」のは、母親から教わった大事なこと。また、茶道を教えていた祖母からは、季節に合わせたしつらいや器の使い方などを自然と学んだという。結婚してからは母親と全く同じように、誰がどんな時間に遊びに来ても、心をこめて料理やお菓子をふるまった。
「友里もそんな家で育って料理の力を実感したから、今の道に進んだのではないかと思っているんです。彼女も人をもてなすことが大好きですから」
2人で料理をする際に、友里さんが器のことや季節の花の生け方について紘子さんに聞くこともあるという。
「料理って、料理そのものだけじゃなくて器や花、空間など全部を含めたもの。母がそれらに関する知識を私を含め、下の世代に惜しみなく教えてくれるのはありがたいですね」
「惜しみなく、たっぷり」は、紘子さんの料理ともてなしのテーマでもある。かける手間も、料理のボリュームも、決して出し惜しみしない。
「お腹が空いている人を待たせるのが一番嫌なのよね。とにかく次々と料理を出すでしょう」(友里さん)
「遠慮せず、たくさん食べていただきたいのよ」(紘子さん)
「『お腹いっぱいです』ってお客様が言っても、『あともう少しどうぞ』なんてどんどん料理を出すものだから、皆お腹が苦しくなってベルトを緩める、なんてことも昔はあったわよね(笑)。でも、とにかく来客が多かった。気張らない味の中にもちょっと目新しさや真似したくなるような工夫があったりして、それが我が家に人が集う一番の理由なんじゃないかな」(友里さん)
紘子さんの料理は、作りやすく、誰にでも喜ばれるものが多い。シンプルな中にもおいしさの土台となるものがしっかりあるからこそ、長く愛されるのだと友里さんは言う。
「たとえば、豚肩ロースのバルサミコ酢しょうゆ漬けだって、土台がしっかり決まっているから、いくらでも応用できるのよね。漬け汁に八角やシナモンを入れたらあっという間に中華風になるし、オーブンで焼けば香ばしさも出るでしょう」(友里さん)
「“応用”より、私は“工夫”という言葉を使いたいわね。レセピ(紘子さんはレシピのことをこう呼ぶ)にある材料がないからできないと言うのではなく、あるもので工夫したいなといつも思っているの。私の母も、戦後の材料がない中、いろいろ工夫をして豊かな食卓を作っていたから」(紘子さん)
アイデアあふれる料理を通じて多くの人を楽しませてきた紘子さん。母や祖母から受け継いだこと、そして友里さんへ伝えたいこととは?
「誰かに食べさせたいという気持ちですね。いい食材を使って本のとおりに作るかどうかではなく、おいしく食べてもらいたいという気持ち。それが何より大事だと思うんです。友里にもその思いはすでにきちんと伝わっています。その上で、我が家の味を友里らしくアレンジしているのがうれしくて」
人を喜ばせたいという純粋な思い。そのために惜しみなく手を動かすこと。紘子さんが祖母や母から受け継いだバトンは、数々のレセピと共に友里さんにしっかりと手渡されている。
『クロワッサン』1091号より
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