中井美穂さんが体験。「里山歩き」で心もカラダもすっきりと。
撮影・藤巻 翔 ヘア&メイク・大島知佳 文・内坂庸夫 山歩き指導・宮﨑喜美乃 撮影協力・ザ・ノース・フェイス
ヒトのカラダはもともと屋外を走ったり歩いたりするために作られています。待ちに待った気持ちのいいシーズン、ルールとマナーを守ってアウトドアに出かけるのはいかがでしょう?
おすすめは里山歩き。町中の散歩もいいけれど見慣れた景色が多いのです。かといってハイキングは専門の知識や用具、そして体力が必要みたい、お手軽とは言えません。
ちょうどいいのが町と山の間、里山です。
歩く道は舗装路ではなく狭い土の道、自動車も通りません。気持ちいいし、安全です。そして何かあってもバス停や電車の駅はすぐ近く、見慣れた町は手が届くところにあります。
アクセス便利、思い立ったらすぐに行ける、というのもいいですね。里山はお手軽アウトドアの代表です。
なあんだ、大げさに考えなくてもいいんですね。
今回は中井美穂さんに里山歩きを楽しんでもらいました。
「運動は嫌いです、疲れちゃうから」と言う中井さんに無理なく楽に歩いてもらうために、山歩き(走りも)の達人、健康運動指導士の宮﨑喜美乃さんに同行してもらいました。
宮﨑さんにいろいろ教えてもらいながら歩いていたら、いつの間にかスタート地点に戻っていました。そのくらいはじめての里山歩き、楽しかったようです。
今回訪れたのは住宅開発から奇跡的に免れた東京・町田の広い里山です。舗装路から一歩入るともうそこに地元野菜の無人販売所があります。
「わ、山菜だけじゃなくて黒胡麻がありますよ。ふーん」
あれこれ手にしては感心しきりの中井さん。さあ、昭和の青春映画に出てきそうな田畑の脇をゆっくり上ってゆきます。すると、傘の形に積み上げたワラが3つ、横に並んでいます。脚のついた積みワラです。
「あれなあに?」
ガイド役の宮﨑さんがすかさず「小動物が雨宿りするためです」って大嘘。
「あはは、まさかあ」
最初から息の合うふたり、笑いながらのんびり坂道を進みます。
途中で満開の大きな桃の木を見つけた中井さん。近寄ったり離れたり、いろいろ写真を撮ってます。そのシーンを撮っている宮﨑さん。雨宿りの積みワラの先に炭焼き小屋がありました。近くのベンチに真っ黒になった小さな竹のかけらが置いてあります。
10分の3、半分も歩いていません。
「炭焼き小屋っていうから、炭を使って陶器を焼く窯かと思ったら、そうじゃなくて竹を蒸し焼きにして炭を作るところなんですね。バス通りがすぐそこなのに、そんな小屋があるなんて」
小屋から10分も歩くと、もうクルマの音も聞こえません。どうやら今回のコースのいちばん高いところ(とはいえ標高110m)のようです。
「歩く距離を全部で10とすると、ここで3かな」と宮﨑さんが言います。
全部で5km、と聞かされていた中井さん。そもそも5kmという距離がピンとこないので、この表現はわかりやすかったようです。
「え、まだ半分も歩いていない!?」
口には出さなくても、中井さんの顔にそう書いてあります。そこで宮﨑さん、「ちょっと早いけどお茶にしましょうか。パンを焼きますから、中井さんはコーヒー豆を挽いてください」と。
宮﨑さんはザックからガスコンロや食器を取り出して、テーブルの上に広げます。豆のグラインダーを中井さんに渡して、「はい、お願いします」。
「え、やったことないんだけど」
「大丈夫、ここに豆を入れて、蓋をして、こう回せばいいんです」
「へえ、あ、回る、これでいいのね」
中井さんは戸惑いながらも、はじめての豆挽きがうれしそう。ガリガリガリ。
実は宮﨑さんは山歩きの時間を逆算して発酵するパン生地を用意してきていました。キャンピングガスで容器ごと加熱すればふっくら焼き上がるというしかけ。焼けたところでドライフルーツやナッツ入りの蜂蜜をのせて完成です。
「うわあ、おいしい」
パンを頬ばって中井さん大喜び。自分で挽いたコーヒーもまんざらではない様子です。
「そうか、お茶やパンも里山歩きの一部なんですね、知らなかったなあ」
さあ、次は尾根を下って隣の谷戸に進みます。細い山道を下ると広い広い田に出ました。長野や新潟なら当たり前の景色ですが、ここは東京、びっくりです。ちょっとした坂道があったので宮﨑さんが楽に上れるコツ、安全に下れるコツを教えてくれました。
「カラダをまっすぐにしてそのまま倒れてゆくと、おっとっと、片方の足が出ますよね。上り坂が急なほどその歩幅は狭くなります、それでいいんです。急坂はちまちました歩きになりますが、それが楽なんです」
わざと倒れる中井さんを宮﨑さんが支えます。
手のひらを頭にのせると背中がピンとします。
「下りはどうしても怖いから足元を見ちゃいます。すると腰が曲がって不安定、ますます怖くなります。なので背をピンと伸ばして顔を上げましょう。遠くと足元を交互に見ればいいんです。頭にお皿をのせると、落とさないように姿勢がよくなりますよね。ここにはお皿はないから、手をのせます」
「え、手?」
「ほら、まっすぐになるでしょう」
手を頭にのせてふたりは歩いています。ハタ目にはおかしいふたりです。
思いもかけない景色がありました。
山を下りてきたら竹林があらわれました。中井さんは竹林が大好き。背の高い竹の中に入って、風に揺れる竹の先の空を見上げています。
「風って見ることができるんですね、はじめて知りました」
そしてお茶とおやつタイムも入れて3時間ほど、楽しく歩いてスタート地点に戻ります。
疲れるから運動は嫌い、とまで言っていた中井さん、終わったところで打ち明けてくれました。
「ああ楽しかった。里山とはいっても上り下りの坂はあるでしょう、運動じゃないかって、実は覚悟していたんですよ。実際に山に行ってみると、花や木、田や畑、まわりの景色に魅せられて、いつの間にかカラダが動いているんです。満開の花に近寄って写真を撮ったり、小川の流れに手を入れてみたり。運動ということを意識しなくてもいいんだ、って」
ほかにはこんな気づきも。
「いままで山歩きって、悟り、無心、マインド、気づき、といったものにつながらなきゃいけないと思っていたんです。でも実際に歩いてみたら、まったく悟らなくていい、新しい自分に出会わなくていい。ただ歩いて、“わあきれい、うわ、楽しい”でいいんです。なあんだ、ウインドウショッピングと変わらないんだって」
中井さん、次はどこに行く? って宮﨑さんと相談しています。
『クロワッサン』1043号より