『輪舞曲(ロンド)』著者、朝井まかてさんインタビュー。「人間が人生を演じることに迫りました」
撮影・黒川ひろみ(本)
「人間が人生を演じることに迫りました」
華やかな大正モダンの文化が花開いた頃の日本。当時「職業婦人」と呼ばれた働く女性たちの中でも、異色かつ魅力的な仕事を選んだ新劇女優の伊澤蘭奢(いざわらんじゃ)。現存する数枚のモノクロ写真で見る蘭奢は、短く切り揃えたボブヘアが似合う個性的な美人。東京で観た松井須磨子の舞台『復活』が忘れられず、夫と幼い息子を捨て、嫁ぎ先の島根県津和野から上京。「私、四十になったら死ぬの」を口癖に、実際38年の短い一生を奔放に生きた。
「この作品は雑誌連載でしたし、蘭奢の一生を時系列に書いていくという手もあったんですが、どうもそれはやりたくないなあと。周囲にいた男性たちが良くも悪くも魅力的なので、蘭奢の視点で本人の主張を主に書くよりも、4人の男性からの輪舞曲形式で書いてみたんです。蘭奢の人生は非常に演劇的なので、結果的に人間が人生を演じるという姿に迫ることになりましたね。伊澤蘭奢は27歳で妻と母親の役から降りて、女優という役を選んだんです」
周りにいた4人の男性に対し、まったく違う蘭奢を演じていたと朝井まかてさんは言う。それぞれの視点から見た蘭奢は時に無垢な女学生のようであり、奇抜な装いが似合う断髪のモガでもあった
芝居っけの多い人たちの虚実入り混じった遺稿を読んで。
ずらりとならんだ参考文献に著書が挙がる徳川夢声は、元夫の遠縁にあたる活動弁士、蘭奢の恋人だったとされる。文学青年だった夢声は自伝や日記を残しており、この作品に「女は自らの先行きを決めてサッサと実行する」という印象的な言葉が採用されている。
「夢声さんは私の世代だと、お爺さん役の俳優として映画に出ていたことは知っています。夢声さんて、ほとんど文学者なんですよ。人間への洞察力がすごいですし、書いた文章がとにかく魅力的で。個になると孤独癖のある人で、アルコールに溺れてしまうんですけどね。それを踏まえて、『輪舞曲』の徳川夢声を立ち上げてみたんです」
同じく参考文献に著書が挙がっている伊藤佐喜雄は蘭奢の実の息子であり、文学者として多数作品を残している。福田清人は当時帝大生で、のちの児童文学作家。そして内藤民治はジャーナリストにして、出版社「中外社」の主幹。政界のフィクサー的役割も果たした。
「4人の書いたもの、そして蘭奢自身の遺稿も残っているので、すべて読みました。非常に芝居っけの多い人たちなので、どこまでが本当か分からない(笑)。何をどう汲み上げて、そこにある虚実をどう新しく織り上げるか。私に思い込みがあると大事なことを見逃してしまうから、人物へのイメージは持たないようにして書き進めました。手強い人たちを相手にしてしまいましたね」
朝井さん自身、子どもの頃から本を手放したことのない読書好き。
「小説は読んでくださった方の人生をもって初めて成立します。お一人ずつ違う『輪舞曲』があるはずですし、あったらうれしいですね」
『クロワッサン』1025号より