くらし

『兄の終い』著者、村井理子さんインタビュー。「いま兄を思うと、けっこう好きだったな、って」

  • 撮影・黒川ひろみ(本)福森クニヒロ(著者)
村井理子(むらい・りこ)さん●1970年生まれ。翻訳家、エッセイスト。琵琶湖のほとりで、夫・双子の息子・愛犬ハリーと暮らす。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)など。著書に『犬ニモマケズ』、訳書に『黄金州の殺人鬼』など。https://rikomurai.com

大人になれば(あるいはなる前に)誰もがを肉親を喪う経験をする。その大事件を、突然、警察からの電話で知ったとしたら?

著者の村井理子さんの携帯に、ある日の夜11時に見知らぬ番号から着信があった。とっさに家族全員を見渡して〈自分にとって最悪のことは起きていない〉と確認する村井さん。電話は、遠い東北で実兄の遺体が発見されたと告げた。

兄は7年前に離婚。両親はとうに鬼籍に入り、小6の甥が残され、動けるのは自分ひとり。本作は、妹が5つ上の兄を荼毘に付し、元妻とともにその後始末に奔走する5日間のドキュメンタリーだ。

兄との仲は良好ではなかった。

〈乱暴で、人の気持ちが理解できない勝手な男〉。職を転々とし、持病を抱え困窮生活を送る兄。アパートの保証人になってくれと泣きつき、嫌々引き受ければ家賃を滞納する。母や叔母には〈心だけは優しい子〉と受けがよく、それが一層堅実な妹を苛立たせた。

亡骸が発見された兄のアパートの部屋。元妻と一緒にその鍵を開ける場面は、ノンフィクション作品を多く手がける翻訳家らしい、客観的で無駄のない筆致が冴える。

〈差し込んだ鍵をゆっくりと右に回した。なんの抵抗もなく、するりと鍵は開いた。ゆっくりとドアノブを回した。ーー最初に感じたのは、強い異臭だ〉

「アパートの大家さんも不動産会社の人も、部屋には怖くて入れなかったと言っていました。そこに自分が踏み込んで行くというとき、怖いと同時に、職業的な好奇心があったのは事実です。『自分はすごいものを見ている。これは記録して残しておかなくては』と」

部屋に残された兄の履歴書、警備員の制服、手作りの漬物。壁に画鋲で貼られた数々の家族写真に、

〈幸せコレクションだと私は思った。兄の五十四年の人生で、もっとも幸せだった時期の写真を集めたコレクションだ〉。

つらい現実のなかにも笑いの起こる瞬間がある。

兄に対する心情が、それらと向き合うなかで変化していく。遺品をゴミ処理場で投げ捨てながら、

〈私は兄に対する怒りも少しずつ捨てていった。(中略)確執も、ゴミと一緒に暗い穴に落ち込んで行くように思えた〉。

書き終えたことでお兄さんへの気持ちは変化しましたか?

「日にちが経って、かわいそうなことをしたと思いました。思っていたより憎んでなく、けっこう好きだったな、って。そしてもし立場が逆だったら、兄は私に手を差し伸べてくれただろうとも」

作中、もういない兄を中心に繋がる人々が多数登場する。警察官、役場の人、葬儀社の担当者、甥の担任。ひとりひとりを描写する視線の温かさと、ちりばめられた笑いが、作品世界を明るくしている。

「あまりに酷いことが多いと、笑っちゃうものですよね? そのリアルもきっちり書きたくて」

泣いて怒って笑い、残った者たちの人生は全てを抱えて続くのだ。

『兄の終(しま)い』/ 警察署からの連絡で兄の死を知った。身体を壊して貧困から這い上がることなく死んだ兄。その人生の後始末という緊急ミッションに臨んだ記録。CCCメディアハウス 1,400円

『クロワッサン』1025号より

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