亡骸が発見された兄のアパートの部屋。元妻と一緒にその鍵を開ける場面は、ノンフィクション作品を多く手がける翻訳家らしい、客観的で無駄のない筆致が冴える。
〈差し込んだ鍵をゆっくりと右に回した。なんの抵抗もなく、するりと鍵は開いた。ゆっくりとドアノブを回した。ーー最初に感じたのは、強い異臭だ〉
「アパートの大家さんも不動産会社の人も、部屋には怖くて入れなかったと言っていました。そこに自分が踏み込んで行くというとき、怖いと同時に、職業的な好奇心があったのは事実です。『自分はすごいものを見ている。これは記録して残しておかなくては』と」
部屋に残された兄の履歴書、警備員の制服、手作りの漬物。壁に画鋲で貼られた数々の家族写真に、
〈幸せコレクションだと私は思った。兄の五十四年の人生で、もっとも幸せだった時期の写真を集めたコレクションだ〉。