青森県八戸市出身のイラストレーター、安ケ平正哉さんにとって、南部煎餅は故郷のソウルフードなのだそう。
「子どもの頃、実家では常に食卓に置いてあるのが当たり前で、それはどこの家でも同じ。大人も子どももしょっちゅう食べてました。八戸には煎餅汁という名物の鍋がありますが、それも決して奇を衒ったものではなく、南部煎餅に馴染んでいるからこその料理。僕らにとっておやつであり食事でもあるんです」
当時は街中におばあちゃんが手焼きする小さな煎餅屋がたくさんあったという。それだけ生活に根付いていたのが窺える。
「本当に素朴な味ですよね。僕はパリパリとした何も入っていない白煎餅が好きで、昔はマーガリンやジャムを塗って食べていました。あとは昔ながらの胡麻が入ったタイプも好みです」
地元では南部煎餅のルーツがいくつも伝えられているのも興味深い。
「有力なのは長慶天皇または八戸南部氏創始説ですが、八戸の近くに新郷という村があって、そこにはイエス・キリストが渡来したとの説があり、キリストの墓なるものまで存在する。その説と絡めてキリストが食べていたパンに似せて作ったのが南部煎餅だという言い伝えがあります。都市伝説的ですが(笑)、そんな懐の広さも南部煎餅ならではかなと」
そんな安ケ平さんの南部煎餅好きは、ちゃんと家族にも継承されている。
「ウチの奥さんは九州出身で、初めて食べた時に“こんなに素朴な煎餅があるなんて”と驚いてました(笑)。あと娘が数年前滋賀に嫁いだのですが、先日チョコ南部アイスを送ったらすごくおいしいと言ってくれて……。関西だと買える機会も少ないですからね。娘が小さい頃は実家によく遊びに行って煎餅を食べていたので、昔を思い出してくれたのかなと思うと父としてはうれしい限りですよ」