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細川亜衣さんと食について考える。①

2016年4月、震度7の地震に見舞われ、その後も断続的に余震が続く熊本。この地に暮らす料理家の細川亜衣さんに、あらためて食について考えたことを聞いてみたくなった。細川さんが信頼する、若い夫妻の有機農家の畑も一緒に訪ねました。
  • 撮影・徳永彩

朝にたから農園で収穫したばかりのズッキーニを、細川亜衣さんに調理してもらった。まだ切り口もみずみずしくてツヤツヤしている。

「この顔つきのズッキーニは、ただ焼くだけでもすごくおいしいですよ」

そう言うと細川さんは、オーブンをあたため始めた。天パンにクッキングシートを敷きつめ、水で洗ったズッキーニをそのまま(むしろ水気を残したまま)並べ、オリーブオイルを全体に手でまぶしてから、オーブンへ。

「焼き野菜の温度や時間は厳密でなくていいんです。野菜の大きさにもよりますし。今日は250℃で、だいたい20分くらいかな。途中で様子を見ながら1、2回転がして、とにかく半端なく焼くのがコツ」

こんがり焼けたズッキーニの粗熱が取れたら、真一文字に皿に乗せ、イタリアンパセリ、バジル、ケッパーの塩漬け、青唐辛子の酢漬けをみじん切りにして振りかけ、ワインビネガーとオリーブオイルを回しかけたら出来上がり。メインディッシュの存在感だ。

「ステーキを食べるみたいにナイフとフォークで切り分けて。中はトロットロです。ヘタまでおいしいですよ」

細川さんが「顔つき」で調理法を決めたのは、同じ野菜でも品種によって特徴が異なるのを熟知しているから。

朝に採りたてのズッキーニは、切り口も新鮮で美し い。素揚げにしてもおいしいとか。

「たとえばズッキーニなら、色の薄いものは実が緻密でトロッとなりやすく、黄色いのは崩れにくい。同じように切ったズッキーニを同じフライパンで火を通してみる実験をすると特徴がわかっておもしろいですよ。料理教室や本から学ぶばかりでなく、素材をひたすら観察して作り続けることも料理上手への道だと思います」

とくに有機野菜は、作っている人と野菜の印象がつながって個性的だという。見た目もおおらかで野性的で味にもたくましさのある農園もあれば、こぢんまりした野菜を数種類まとめてびっくりするほど安く販売してくれるところもある。

「たから農園の野菜は、まんべんなく色鮮やかでのびやかな美しさがある。味もきれいな印象です」(細川さん)

右から、高田和加奈さん、細川亜衣さん、高田泰運さん。

熊本市から車で1時間ほどの土地で、日当たりや水はけなどの環境が異なる畑を少しずつ借りて、畑の状態に合う70~80種の野菜を、農薬、化学肥料を使わずに栽培しているたから農園。たとえばピーマンだけでも、クリーム色、緑、黒などと、同じ野菜でも多品種を作るようにしている。そこには、宅配で送る時の楽しさとともに、その年の天候などにより全滅してしまうリスクを避ける意味もある。

「毎年いくつか新しい品種を試しています。薩摩白長ナスという薄緑のナスも初めて育てているんです」(泰運さん)

個性のあるおいしい野菜が 身近にある贅沢と安心感と。

農業が盛んで、実り豊かな熊本。細川さんは、単身修業していたイタリアの田舎に近いと感じている。

「イタリアに住み始めた時も、あまりに野菜がおいしくて、野菜以外の食材を買わなかったくらい。しかも、調味料も調理も最低限でおいしい。シンプルな野菜料理だけで満足のいくものを作れるんです」(細川さん)

東京に暮らしていた時は、そうはいかなかった。野菜に個性がないから、おいしく仕立てるためには特別な味つけや作業がどうしても必要だった。

「熊本では自然と、イタリアのようにシンプルな野菜料理になってくる。それにこのあたりでは、新鮮な有機野菜が普通の野菜と同じくらいの値段で手に入るんですよ」(細川さん)

細川さん曰く「柔らかく茹 でて塩をするだけで筋ごとおいしかった」イタリア のいんげん豆、ボルロッティ。

高田夫妻が有機農業を選んだ理由は、食の安全や環境を守ろうということだけがきっかけではない。

「初めて行った有機農家で野菜を食べた時、こんなにおいしくて香りもいいのか、と驚いたから。私、食いしん坊なんです。安全なだけでなくおいしいのならなお、そっちがいい。農薬や化学肥料を使っている野菜と何が違うかと考えると、根を張る力、土から栄養を得る力、やはり野菜自らの生きる力が強いのだと思います」(和加奈さん)

「家では味噌汁もだしいらず。野菜から味が出て、その日の野菜のおいしさになりますよ」(泰運さん)

何にしても自然を相手にする農業。大きな地震を経験し、不安な日々を過ごした一方で、豊饒な熊本の地にいる安心感も強く感じたという。

「お米は1年分あるし、近くに水を汲める川もある。家のまわりに畑もあるから、しばらく遮断されても生きていくことができるなぁと。こういうふうに暮らしていれば、ある程度、安心なんだと実感しました。ただずっと心配だったのは、原発のこと。もし何かあったら、せっかくの豊かな水も土も取り返しのつかないことになってしまうから」(和加奈さん)

『クロワッサン』931号より

●細川亜衣さん 料理家/熊本市内の泰勝寺にて、県内の有機野菜生産者を集めたマルシェを月1回開催。この秋に、50品ほどの野菜のレシピ本をリトルモアより出版予定。

●高田和加奈さん、高田泰運さん たから農園/東京から熊本県宇城市に移り住み、農業を始めて4年目。農薬や化学肥料を使わない野菜を、全国への宅配や直売所などで販売。

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※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。

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