作家・茅野裕城子さんの着物の時間──奇をてらわずにシンプルに装う。そう心がけて着物を楽しんでいます
撮影・青木和義 ヘア&メイク・桂木紗都美 着付け・石山美津江 文・大澤はつ江 撮影協力・3rd Street Cafe
臙脂の帯に同系色の帯締めでキリリと。昭和30年代の鎌倉文人の妻風にしました
着物好きが一度は着てみたい、と憧れるひとつに浦野理一の着物がある。日本古来の裂(きれ)や文様を収集し、各地に伝わる織物を訪ね歩いた浦野理一。自らも染織の道に進み、昭和30年代からは小津安二郎監督の映画衣裳制作にも関わり、その独特の感性で作られた着物はスクリーンの中の女優たちを輝かせた。
「浦野の着物は、色と色の織りなす美しさや洗練された文様のおもしろさだけでなく、布が持つ力強さが魅力ですね」
と、数年前から浦野理一の着物に魅せられ、少しずつだがコレクションをしているという作家の茅野裕城子さん。今回はその中から、紺と藍の弁慶格子の紬に、臙脂(えんじ)色の経節紬(たてぶしつむぎ)名古屋帯を合わせて登場してくれた。
「ともに5年ほど前に、アンティーク着物のイベントで別々に見つけました。実はこの組み合わせ、映画『彼岸花(ひがんばな)』(1958年公開)の中で、ヒロイン・山本富士子さんがしていたのと同じなんですよ。映画では赤い絹の八掛(はっかけ)がついた袷(あわせ)なのですが、これは単衣(ひとえ)」
素材は木綿のように見えるが厚手の絹で、冬でも暖かい。
「同じ柄でも一方は鬼しぼ縮緬(ちりめん)、こちらは経節紬。そして、帯と着物でもニュアンスが違う。そこも浦野着物の奥深さですね」
茅野さんが着物に興味を持つようになったきっかけは一体なんだったのだろうか?
「もともと着物が好きで、若いころは大正ロマンに憧れ、竹久夢二の絵のように装ってパーティなどに出席していました。20代後半からお茶を習っていたので、この時期は色無地などの柔らかものをユニフォームのように着ていましたね。その後、海外で暮らすことになり、着物は浴衣ぐらい。日本に戻り、また着物を着ようかな、と思ったときに、年齢を重ねた今の自分には、どんな着こなしがいいのか悩みました」
そんなときに、なにかの映画祭で小津安二郎特集があり、大スクリーンで何本かの映画を続けて観た。
「今まで何度も観たはずなのに、着物ばかりが新鮮に目に飛び込んできたんです」
そこから、浦野理一に関する書籍や昔の『ミセス』の連載記事などを読みあさり、浦野研究を始める。そのうちにそれだけでは飽き足らず、実物を手にしたい、と思うように。
「呉服店のイベントやネットオークションなどで、少しずつ手に入れました。(上写真の)鶴や鹿などの大胆な柄の帯は『彼岸花』で山本富士子さんが着た着物と同じ柄。黒地に緑の鳥が描かれた帯は、なんと、デザイナーの稲葉賀惠さんが浦野家を訪ねたときに、“これが似合う”と理一氏本人に薦められた着物と同じ柄。なんだかうれしくなってしまいました。これらはネットで見つけたんですよ」
浦野の着物を身に着けてわかったことがある、と茅野さん。
「半世紀も前に作られたものなのに、肌にしっくりと馴染み包み込んでくれる。小津映画の中だけでなく、和装と洋装が混在した当時の日本で、あっさりと着こなしても浦野の着物が洋装に負けなかったのは、布の持つ力そのもの。だから今着ても、色や文様に古臭さはなく、むしろ、洗練されていてモダンなんです。そこに永遠性のようなものを感じます」
そんな茅野さんが今欲しいものを聞くと。
「ひとつは作家・幸田文全集の表紙に使われた、ベージュと茶の濃淡で織られた“幸田格子”の着物。もうひとつは『秋刀魚(さんま)の味』(1962年公開)で若い後妻を演じた環三千世さんが着ていた細かい格子の着物と民芸調の帯。もしもタイムスリップできるなら、かつて、北鎌倉の東慶寺で催されていた浦野の展示会に行き、鎌倉の文人の奥さまたちに交じって、いそいそと新作を選び、装いたかったです」
『クロワッサン』1176号より
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