考察『豊臣兄弟!』41話 ついに決着。家康(松下洸平)の心を動かした、秀長(仲野太賀)の“大切な者たち”への悔い。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
妻・あさひの暗躍!?
最終コーナーを回った感がある。
『豊臣兄弟!』第41話は、徳川家康(松下洸平)の上洛を通して、主人公・豊臣小一郎秀長(仲野太賀)の歩んできた道のりを改めて浮かび上がらせる。
なんのために武将となり、なんのために兄弟で天下一統を目指したのか。
天正14年(1586年)の秋。
夫婦となったあさひ(倉沢杏菜)と家康の姿は意外だ。
過去の大河ドラマでは、夫と離縁させられたあさひが悲嘆にくれる展開が主だった。
明るくグイグイ家康を追い込むあさひは斬新である。
何事にも懸命で、朗らかな彼女の姿をこれまで見てきたし、何よりも、あの陽気な豊臣一家で育った女性なのだ。そう思うと、納得がいく。
この手の女性と接したことがないであろう家康は、城内を逃げ回る羽目になった。
なぜ逃げているのか。
あさひが、実家の大坂から取り寄せた豊臣カラーである黄色ベースの着物を夫に着せようと躍起になっているからだ。
「私だって最初は、こんな(徳川カラーである緑色ベース)着物を着とうはございませんでした。でも、郷に入っては郷に従えと申します」
遠回しに豊臣への臣従を迫られていると勘繰り、逃げる家康。夫婦なんだからお互いに歩み寄るべきと、文字通り距離を詰めるあさひ。
あさひが着物を持ちだした時点で、ははあ、これは家康上洛の大坂城での逸話を下敷きにしていますねと歴史好きにはピンとくる導入である。
母すらも人質に…
大坂城では、チーム豊臣が頭を抱えている。
家康が上洛しない。
今回の政略結婚は、家康からの求めに応じたものだ。
いまだ関白・豊臣秀吉(池松壮亮)に臣従しない家康。
九州の勢力を平定する前に、背後の徳川をどうにか従わせておきたい。
関白の妹でさえ足りないなら、他に誰を差し出すのか──。
石田三成(松本怜生)が口を開いた。
「大政所様(なか/坂井真紀)でございまする」
大政所の孫である豊臣秀次(山田涼介)は怒るが、豊臣兄弟も、兄弟の縁戚にあたる浅野長吉(大地伸永)もそれしかないとわかっていながら、これまで口に出せなかった様子だ。
兄弟は千利休(吉岡秀隆)の茶室で、母に人質になってくれと頼む覚悟を固める。
千宗易はこの前年、天正13年10月に秀吉が催した、禁中での正親町天皇への献茶に奉仕した。無位無官では御所に上がることができないので「利休居士」の号を勅許され、千利休となったのだ。
秀吉が大坂城を築城した際に利休も大坂に屋敷を持ち、そこに茶室を作った。
これまで本作では利休は広い座敷で茶を点てていたが、今回からごく狭い茶室である。
壁は荒塗り。出入り口は天下人である秀吉も、頭を低くせねば通れない、にじり口。
短い場面ながら、後世の日本文化に大きな影響を与えた、利休の美意識を伝える。
やけに苦い茶に顔をしかめた秀長が、
「利休殿も言うておったではないか。茶が苦ければ苦いほど口直しの菓子が甘く感じると」
北庄城合戦で、お市と柴田勝家の最期を目にして打ちのめされたのち、大徳寺で千宗易に立ち直るきっかけを与えられたときのことを語る。
あれ、ちょっと待って。利休が一瞬(そんなこと言ったっけ?)的な顔をしてないか。
33話レビュー(記事はこちら)で書いたが、やはり小一郎秀長を慰めるのが目的で、話を面白おかしく盛っていたのか。
利休のとびきり苦い茶を飲み干して、兄弟は母・大政所の御殿に重い足取りで向かう。
「お天道様みたいにおなり」
息子たちが訪ねてくると先触れがあったのだろう、大政所は御馳走を山ほど積んで待っていた。
当時としては贅沢な菓子のほかに、干し柿や団子まで並んでいる。こちらは大政所手作りだろうかと思うと泣ける。
大政所「あんたらすっかり立派になって、なかなか会えんようになってしまったから。そうじゃ、あんたらが好きな里芋もあったんじゃ」
兄弟「もう、もういい、もういい!」「いい、いい…!」
久しぶりに実家へ帰った息子たちと母親の、現代にも通じるようなやり取りだ。
ほほえましいやら、切ないやら。
気まずい顔で里芋を頬張る兄弟に、笑顔の大政所が
「あさひにも食べさせてやりたいねえ。あんたらの顔見とったら、あさひの顔も見たくなったわ」
兄弟の箸がとまる。
「あたしが徳川に行ったら、あんたら、お天道様になれるんじゃろ」
第2話(記事はこちら)で、母と姉妹を置いて村を出られんと悩む小一郎に「あんたらはあのお天道様みたいにおなり」と進むべき道を指し示したのは母だった。
「がんばりんさい」
自らの命さえ惜しまず、息子たちの背中を押す。
無言で頭を下げる兄弟である。
あさひはあさひで、奮闘している。
豊臣から大政所を差し出す口実として、病気の娘を母が見舞う設定にしたとの手紙でも受け取ったのだろうか。
へたくそな仮病で寝込む妻に、家康が何気なく豊臣兄弟を非難する。
「大政所様まで差し出すとは、そなたの兄たちは血も涙もないのか」
いつも朗らかなあさひであるが、これだけは聞き捨てならない。
毅然として夫に向き直る。
「世間は関白が自らの母を差し出してまで、徳川に上洛を迫ったと見るでありましょう」
それでも上洛せねば
「世間は『徳川家康は礼儀知らずの臆病者!』と。それはよくありませぬ」
ついに、家康は上洛を承諾する。
豊臣ファミリーの働きかけが実ったかに見えたが、家康には別の思惑があった。
6万の軍勢を率いての上洛。
狙うは関白秀吉の右腕、豊臣小一郎秀長の命──。
戦に奪われた者たち
大坂城での秀長と家康の対決場面は、俳優・仲野太賀と松下洸平という演技巧者による鍔迫り合いでもあった。
天正14年10月26日。
大坂城に着いた家康を歓待するのは、秀長の屋敷である。
秀長は家康に酒を勧めながら
「今宵は我らの胸の内を包み隠さずさらけ出しますれば、明日までにとくとお見極めくださりませ」
だが、家康が手にする盃は、落とせばそれが秀長暗殺の合図となっているのだ。
なんでも答えると請け合う秀長に、家康はずけずけと訊ねる。
家康「大坂城を攻めるとしたら、どこからがよい?」
秀長「南からでございまする。そこが最も攻めやすく、守りもやや手薄」
家康「良いのか? 攻めることがあるやもしれぬぞ」
豊臣兄弟の死後、慶長19年(1614年)・慶長20年の大坂の陣において、徳川勢は大坂城を包囲。慶長19年の冬の陣で、家康は大坂城南西の茶臼山に陣取った。
覚悟の上だと答える秀長に対して、家康はさらに揺さぶりをかける。
「それで関白殿下が死なれてもよいということか。そなた、まことは兄を嫌っておるのではないか? 兄の代わりに天下を取れるかもしれぬ。兄さえいなければ」
「なんならわしの元に来ぬか?」
ああ、これは6話(記事はこちら)の、あの場面の再来だ。
織田信長(小栗旬)が「兄・藤吉郎を見捨てれば、侍大将にしてやる」と迫ったのだ。
あのときも弟は兄を見捨てず、信長に「あなたのことが大っ嫌いになり申した」と断った。
あれからちょうど20年、小一郎秀長は今回も誘いを断る。
「兄者を天下人にすると決めておりますれば」。
20年前は兄を見捨てないという弟としての決意、今は兄を天下人にして、なんとしても実現したい世がある。その夢が、ここから語られるのだ。
懐柔できぬと見た家康は盃を手に取り、戯れとしながら問う。
「では、そなたがもっともつらく、苦しかったことはなんじゃ」
しばしの沈黙のち、秀長は口を開いた。
ここから、仲野太賀の芝居が圧巻である。
「たくさんありすぎて、何が最たるものかわかりません。まだ百姓だった頃に……」
大切な者たちについて語る。
友の信吉(若林時英)。許嫁の直(白石聖)。嫡男の与一郎(高木波瑠/大西利空)。
みんなただ喪ったのではない、奪われた命だ。
「恨むはやむなし。憎みあうも仕方なし。じゃが殺し合いはもうたくさん」
「戦ごときに、大事なものを奪われてたまるか!」
「皆が文句を言いながら 寿命を全うし、最期は笑って死にたい」
「儂はそんな世を、作りとうござる」
大切な人々への愛と、彼らを殺した乱世への怒りを同時に込める口調。
なんとしても実現したい、平和な世を語る笑顔が印象的だ。
これまで、血を流したくない、無駄な戦はしたくないと言い続けてきた秀長。
胸の内に恨みも憎しみも抱えて生きてきたことが示される。
それでも、殺し合いだけは終わらせたい。そうせねばならない。
かつて家康がかけた言葉
「徳川殿が作りたきは、どんな世でござりまするか」
問い返されて、すぐには答えられない家康。
秀長の思いを聞いて家康の脳裏によみがえるのも、奪われた大切な命だ。
妻の築山殿に、嫡男の信康。
秀長が語る喪失の痛みは、家康自身の痛みでもあった。
心の傷が、体をも震わせる。
気遣って酌をしようと動いた長尾吉房(上川周作)との間合いが合わず、盃が家康の手から落ちる。
刺客から放たれる矢、自ら盾になり秀長を救う家康!
他に方法あっただろ!
思わず声が出た。
お市(宮﨑あおい)の鏡を火から掴み出す浅井長政(中島歩)、お市の刃を止めるのに柄でも手首でもなく刀身を握る柴田勝家(山口馬木也)に続いて、家康まで……。
この作品の戦国武将、そろいもそろって咄嗟に自らの体を傷つけがち。
なぜお助けくださったと問う秀長に家康、
「わしにも分からぬ」
家康本人がわからないのだから、仕方ない。
6万もの軍勢を率いる家康が矢傷を負い、このまま徳川と豊臣の戦闘になってしまうのではと緊張したが、現れた秀吉がたちまちその場を収めたのでホッとした。
手当が済んだ家康は、秀吉の装いを見て驚く。
秀吉はいつもの豪華な黄色ベースではなく、落ち着いた緑色の羽織なのだ。
秀吉「あさひが贈ってきたのよ。徳川殿に会う時はこれを着ろと」
妻は豊臣に臣従させようと自分に豊臣カラーを着せようとしていたのではなく、ただ豊臣と徳川を仲良くさせたかっただけ。
あさひの善意を、ようやく思い知る家康。
本作のあさひが長生きしたら、兄弟が死んだ後の豊臣家の命運は変わっていたのではないかと、ふと思った。
秀吉は人懐こい笑顔で家康に訴える。
「儂がここまで来れたのは、徳川殿のおかげでございまする」
「あの時の言葉を信じて、前に進むことができ申した。『恐れず、自分を信じて突き進むのじゃ。熱意が人を動かし、勝敗を決する』」
5話(記事はこちら)のことだ。全て逆のことを言ってやったと嗤ったあのときの言葉を、秀吉はずっと胸に抱いてこれまでやってきた。
口からでまかせが、天下人を育ててしまったとは……家康が目を伏せる。
秀吉は重ねて語りかける。
「明日は見せかけで構わぬ。されどいつの日か、まことの心で通じ合えると信じておりまする。共に支え合っていきましょうぞ」
家康が大坂城で秀吉に謁見する前夜、秀長の屋敷で秀吉と家康が対面したことは、徳川家康の家臣、松平家忠の『家忠日記』に記されている。
だが、そのときに交わされた会話内容は伝わっていない。
秀吉が家康に、明日は形だけでも良いから臣下の礼を取ってくれと頼み込んだというのは、後世の創作という説が有力である。
本作は有名な逸話を取り込みながら、これまで積み重ねてきた秀吉と家康の因縁に、新たな意味を与えた。
深々と頭を下げる豊臣兄弟の姿に、敵わないなという表情で家康は立ち上がった。
去り際に、秀長からの「どのような世を作りたいか」の問いに答える。
もうこれ以上、何も奪われたくなかった。大事なものを守るために、奪われる前に奪う。
「だが、そなたらの目指す世も、悪くはなさそうじゃ」
同じように大切な人を奪われた秀長と家康。
百姓から武将になった秀長と、生まれながらに武家の当主として生きてきた家康。
その出自の違いも、ふたりの考え方に影響しているのかもしれない。
今が一番ええ?
徳川家康が、正式に大坂城で関白秀吉に謁見した。
居並ぶ諸将と同じく、頭髪に月代を作った家康。
あさひに豊臣カラーの着物を着せられそうになって逃げ回っていた家康が、今は自ら秀吉の陣羽織を望む。
家康「殿下御自らが鎧を着て戦場に立たねばならぬような戦は、二度と起こさせませぬ」
秀吉「共に安寧の世を作り上げようぞ! 我が弟!」
作りたい世が、また一歩実現に近づいた。感無量の秀長の涙が止まらない。
家康が秀吉の陣羽織を所望した逸話は『東照宮御実紀附録』に記されている。
この後に史料には記されていない、ドラマならではの場面が用意されていた。
家康と石川数正(迫田孝也)の再会である。
40話(記事はこちら)で数正が望んだ主従サシ飲みを果たすために、家康が数正の屋敷を訪ねてきたのだ。
「これほど美味き酒はございませぬ」
喜ぶ数正に
「儂は決めたぞ数正。長生きする」
「お前の言う通り、あやつらより長生きして、最後に笑ってみせるわ」
「お前も儂と一緒に長生きせよ」
過去の大河ドラマでは大抵の場合、石川数正の出奔は苦く重い後味だった。
本作のように穏やかに笑い合い、同じ徳川の未来を見つめる主従として描かれるのは新鮮だ。
家康はこの30年後の元和2年(1616年)に数え年75歳で世を去る。
一方、石川数正は文禄元年(1592年)に没したとされる。
享年と没年には諸説ある。
大坂城のてっぺんで、儂らはお天道様になれたじゃろうかと青空を仰ぐ兄弟。
秀吉は、信長との最後の会話(26話/記事はこちら)を振り返りながら、境目のない空のように日の本を一つにするだけと決意を語る。
「あんまり急ぐなよ、兄者。せっかく昇ったのに、急いだらすぐ夜になってしまうわ」
「今が一番ええ。そんな気がするわ」
おいおいおいおいおい、秀長! と声が出た。
さりげなく不吉な言葉である。
高く昇った太陽も、やがて西の地平線に向かい、沈みゆく。
次回予告。
北野大茶湯。豊臣秀吉の権力の象徴、黄金の茶室。
前代未聞空前絶後の大茶会、その裏で事件が起こる……?
ああっ足利義昭(尾上右近)再登場! そうです、室町幕府が滅んだあともお元気だったんです。
とも(宮澤エマ)「あんた小一郎のことが嫌いなの?」
豊臣家の内部に走る、見えない罅(ひび)──。
42話が楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
公式サイト
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山田涼介、井上和 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
神津朝夫(著)『茶の湯の歴史』角川学芸出版,2009年
中川三平(著)『現代語訳 家忠日記』ゆいぽおと,2019年
黒田基樹(著)『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
黒田基樹(著)『羽柴秀長とその家臣たちーー秀吉兄弟の天下一統を支えた18人』角川選書,2025年
柴裕之(著)『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹(著)『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
和田裕弘(著)『豊臣秀長ーー天下人の賢弟の実像』中公新書,2025年
福田千鶴(著)『豊臣家の女たち』岩波書店,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年