くらし

『彼女たちの場合は』著者、江國香織さんインタビュー。 「一緒に旅しているような気持ちでした」

  • 撮影・黒川ひろみ(本)大嶋千尋(著者)
まずは最北東のメイン州から、西部、南部へ。バスやアムトラックなどを乗り継ぎ、旅は続く。2年ぶりの長編小説。集英社 1,800円
江國香織(えくに・かおり)さん●1964年、東京都生まれ。2004年、『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞受賞。’15年、『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で第51回谷崎潤一郎賞受賞。著書に『きらきらひかる』『左岸』ほか多数。

――これは家出ではないので心配しないでね――

そうメモを残して、14歳と17歳の少女は2人きりでアメリカを巡る旅に出た。目的や行き先も決めず、両親の了承も得ずに……。

「どこへ向かわせようか考えているうちに、一緒に旅している気持ちになって。終わりがくるのがすごく寂しかった」と江國香織さん。

素直で人懐っこい14歳の礼那は、両親、弟とともにニューヨークに暮らして5年。今年からは、日本の高校を自主退学し、留学しにきた17歳の従姉妹、逸佳も同居。礼那とは違い、人付き合いにも恋愛にも、どこか踏み込めない逸佳が唯一信じられるのは、“見る”ことだけ。何かを通して知識を得るのではなく、自ら経験したい。自分の身体で感じることだけは、絶対なのだ。そんな逸佳の「アメリカをもっと見よう」という提案を礼那がすんなり受け入れ、旅は始まる。まずは、ボストンを目指して。

「大人になると、長期間の旅に出ようと思っても、仕事や家庭のことを考えて踏み出せなくなりますよね。だからこそ、目的も、期限もない旅に出るなんて贅沢なこと」

確かに、「アメリカを見る」ということ以外、目的もなく旅は進む。

「目的がないということは、起こること全部が目的ということでもあると思うんです。たとえば、空港で、いつもと違う空気を吸うだけで特別な感じがする。あのときの、知らない場所に飛び込んで、何でもやってみたい!と思う気持ちを書きたかったんです」

旅では、ただの“個人”として 出会えるのが不思議ですね。

そして言葉どおり、彼女たちは本当に何でもやってみるのだ。

「2人の旅に反対する礼那の父親に、突然クレジットカードを止められたときは、ビザもないのにアルバイトを始めてみる。事故にあったおばあさんに、入院中、代わりに家に住んでいてくれと頼まれたら本当に住んでしまう(笑)。時には怖い目にも遭うのですが、それを通してまた少し強くなる。成長するのは、昔の彼女たちが変わってしまうようで少し寂しかったけど、書くべきことだったかなと」

人付き合いが苦手だった逸佳も行く先々で出会った人たちには、少しずつ心を開くように。

「旅での出会いは、普段の生活で知り合うのとは違うふうに関係を築けるのがすごく不思議だなと思っていて。それは、“個人”として出会えているからだと。普段は、娘、学生といった役割があるけれど、自分のことを誰も知らない土地ではそれが必要ない。一人の人として知り合えるから、ありのままでいられるのかな。逸佳は旅の中で初めて恋をするのですが、その姿がすごくかわいらしいんです」

そして、楽しかった長旅も終わりに差し掛かった物語の終盤。帰ってきた彼女たちの、その後の人生に触れた一文がふと目にとまる。

「この旅は終わるけど、これからも2人は人生を歩んでいく、物語はずっと続いていくんだと、感じてもらえたらうれしいですね」

『クロワッサン』1000号より

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