『リトルガールズ』著者、錦見映理子さんインタビュー。「自分の価値観に向かって生きる各々の形」
大崎雅子、55歳。中学の家庭科教師。地味な性格や風貌にもかかわらず、ひらひらしたピンクのワンピースを着てくるので、生徒からは「エロ子」とか「ピンクばばあ」などと陰口をたたかれる。
そんな雅子のもとへ、ある日、産休の美術教師の交代要員となった若い男が赴任してきた。男の名前は猿渡壮太(さわたり・そうた)。彼は美術教師でありながら、自らも筆をとる画家である。そして、雅子を一目見たとたんに、男の創作意欲はかきたてられ、彼女にモデルになってほしいと迫るのである。しかもヌードモデルに……。
撮影・谷 尚樹
これは歌人として活躍する著者の小説デビュー作。なぜこれを書くことになったのか、そのきっかけを聞いてみると。
「短歌は基本、自分のことを語る文学です。で、私もずっと自分のことばかりを語ってきたので、もう自分はいいかな、何かまったく関係ない第三者のことを語ってみたいなと考えたとき、あ、小説はどうだろうと思ったのです」
第三者のこと、それが雅子に辿り着いたのは、自身の思い出もヒントになった。
「中学のときに、実際に毎日ピンクの服を着てくるご年輩の教師がいたのです。人間は地味で服は派手。生徒からは人気なかったんですが、あの先生が今を生きていたらどんな感じだったのかなと」
子どもの頃には違和感しか感じなかったことも、年を重ねるにつれてわかることがある。世代的に戦争の時代を体験したはずのあの先生のいでたちは、自分の祖母と同じ、きれいな服を着ることでそれを精神の拠り所にしていたのではないか。主人公・雅子も人目を気にしない。自分の着たい服を着る。
一方で繰り広げられる、 中学2年生、それぞれの悩み。
物語は雅子がモデルを引き受けるのか否か、ましてやヌードモデルなどという猿渡の妄想のような願望の成就を追いながら進む。猿渡の雅子に向ける情熱は、一見、恋愛のようにも映る、が……。
「どうなるのかハラハラしながら書きましたが、彼が夢中になれるのは自分の描く絵だけです。ではありますが、猿渡の執拗な誘いをきっかけに、雅子の閉じられていた部分が次第に開かれていきます」
リトルガールズのタイトルどおり、一方では中学2年生、同じクラスの桃香や勇輝、小夜を軸とした青春の物語が繰り広げられる。青春といっても仲たがいがあったり、性の問題があったり、あるいは大人の恋愛を見つめる視線があったりと、一筋縄ではいかない。
「大人も子どももそれぞれに何かを抱えているのですが、各々の価値観に向かってまっすぐに生きているという点では共通している、そんな姿を書きたかった」
物語後半、小夜が自分の人生を決めて、果敢にそこへ飛び込んでいくさまは、かつて見上げた空のようにひろがる、10代の可能性を思わないわけにはいかない。
作中の雅子の台詞が胸に刺さる。
〈年をとるってこんなにいいことだとは知らなかった〉
そう言える雅子もまた、永遠のリトルガールなのである。
『クロワッサン』991号より
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