くらし

【紫原明子のお悩み相談】お金はないが体の相性の良い彼と付き合い続けるべきか悩んでいます。

『家族無計画』や『りこんのこども』などの著書があるエッセイストの紫原明子さんが読者のお悩みに答える連載。今回は、全財産が三万円の、マッチングアプリで出会った彼についてのお悩みです。

<お悩み>
はじめまして。マッチングアプリでお付き合いを始めて1年程経つ彼の事での相談です。
私はバツ2子供無し、彼はバツ1子供3人です。 初めて会う前に沢山LINEのやりとりや電話で話をしてから会いました。
その時には判らなかったのですが、彼には3万円しか財産が残ってなかったのでした。鬱病寛解後から職に就けず、お金の管理も苦手で気づいたらゼロへと向かってる状態。2回目以降からのデートでは全て私が負担してます。1時間半かけて会いにくるガソリン代や高速代は彼持ちですが、一緒に居る時の外食、食費、駐車場代、本当に時々の映画やカラオケ代は全て私が負担してます。私の部屋を起点にしたデートがほとんどなので何とかやってこれました。
私も鬱病を患ってるので、その痛みを真に理解してくれたのは彼が初めて。なので支払い負担は楽しい時間代と割り切るつもりがかなりのストレスになってました。
バイトを始めたものの未払い等の負債オンパレードで前借り操業で全くお金がありません。今は就活に本腰入れてますがとても厳しいです。 既に7万円を貸しましたがこんな時にまた私がデート代払うのは嫌なので会わずにいます。
そんな彼と別れたい気持ちと別れた後の寂しさに耐えかねるか自信がなく悩んでます。生活保護の制度や返済能力のない彼に自己破産の事などを調べてアドバイスしたり毎月の収支を伝えても、彼はお金じゃなく気分転換になる話がしたいと言いセックスを求めてばかりです。セックスの相性が半端なく良いのです。 私はそんな気分になれないのですが、彼と別れたらこんな風に女性として見てくれ鬱状態も理解してくれる存在はいないだろうと尻込みしてる自分に疲れています。
私はお人好しなのか自己満なのかどちらでしょう?(相談者:悩めるアラフィフ /女性、49歳バツ2子供無しです。長期にわたり鬱病を患っていて鬱が原因で強制離婚されました。今は無職です。 )

紫原明子さんの回答

悩めるアラフィフさん、こんにちは。

ご相談ありがとうございます。大変な人生を送ってこられたのですね。強制離婚させられたというのも、さぞお辛い経験だったことでしょう。

そんな中で、ご自身の病状を初めて本当に理解し、車で1時間半かけて会いに来てくれる彼は、少なくともはじめのうちはきっと、悩めるアラフィフさんの生きる意味を思い出させてくれるような、さながら希望そのものともいえる存在だったのではないでしょうか。

だけど、彼もまた色々な事情を抱えていたんですね。“楽しい時間代”と割り切っていたはずの一方的な支出を次第に許容できなくなったのは、もしかすると彼がただ“お金を持っていなかった”ためではないのかもしれません。私の勝手な憶測ですが、悩めるアラフィフさんは、彼に“奪われている”と感じたのではないでしょうか? なにを奪われているかといえば、もちろんお金も、そして時間も、そしてまたセックスもです。セックスの相性がとても良い、ということですが、彼はもしかすると悩めるアラフィフさんから“奪う”セックスをしていているのではないでしょうか。

勝手な憶測ばかりでごめんなさい。でももしよければもう少し続けさせてください。双方合意のセックスに奪う、奪われる、というような非対称な関係性があるのかと不思議に思われるかもしれませんが、何も無理矢理セックスするとかいうことではありません。あくまでも相手との合意の上で、しかし相手の方が主導権を握って、相手が一方的に気持ちのいいようにやるセックス、ということです。こういった意味で“奪う”相手との“奪われる”セックスって、自分が他人に強烈に必要とされている、自分が他人に献身できている、自分が他人の感情を動かしているという実感を得られるから、自分の足元がぐらついているときほど快楽も大きく、自分の足元がぐらついているときほどどっぷりはまってしまうんですよね。

だけど本来、そんな風に自分の足元がぐらついているときって言うのは、それ以上奪われてはいけないはずなんです。テーブルゲームの「ジェンガ」って、やったことありますか? あの一層ってご存知のように細長い3つのピースが横一列にきっちり並ぶことで安定していますが、ゲームが進行する中で、1本、また1本と何者かに引き抜かれるうちに、どんどん不安定になります。仮にもたった1本残ったピースでかろうじて現状を維持しているというときに、その残った1ピースがどうしても欲しい、これを引き抜かねばダメなのだと言われて、そんなに私が良いならあなたにあげましょう、さあどうぞ引き抜いて、と言うわけには当然いきません。なんとしてもそこは死守しなくては、タワーが一気に倒壊してしまいます(倒壊を誘引しかねない駆け引きだからこそ爆発的な快楽もあるのですが……)。

今、悩めるアラフィフさんのジェンガが、残り2本で立っているのか、あるいは1本で立っているのかは分かりません。ただ、長期にわたって鬱を患っていらっしゃるということから、必ずしも盤石な状態にあるわけではないのではと感じますし、であればこそ本当ならば、好き勝手に奪いにくる人に奪われるままにしておくのでなく、倒壊しないように、しっかりと自分で自分をまもらなくてはなりません。そしてむしろ、奪う人でなく与えてくれる人の側で、失ったピースを時間をかけて取り戻し、脆い足場をふたたび、補強していくべきです。

ところが皮肉なことに、足元がぐらついているときに限って、奪おうとする人ばかりが近づいてくるんです。おそらく奪う側の人というのは、こちらが、奪われることで一時的に安心したり、喜んだりしていることを、実はしたたかに見抜いているのでしょう。見抜いた上で、奪う側である自分の罪悪感を、帳消しにしてくれる相手を選んでいるのだと思います。

奪われる人と奪う人の不健全な関係って、悲しいかなこうやって、うまいことお互いの表層的なニーズを満たし合って、外界から閉じ切ったまま破滅に向かうことがとても多いのです。だけど、そんな中でも悩めるアラフィフさんは、こうして私に相談のお手紙を送ってくださいました。私はそのことに、とても大きな希望を感じています。

おそらく、彼との繋がりだけにすがっていては、悩めるアラフィフさんの心は遠からず、砂漠のように水分を失ってしまいます。それを避けるためには、まずはできるだけ二人の世界に閉じこもらないこと。こうして私との繋がりを持とうとしてくださったように、彼以外の人との繋がりを広げていくこと、今の状況に少しずつ風穴を開けていくことが何より大事なことだと思います。恋愛関係に限らず、家族でも友人でも、仕事上の付き合いの人でも、悩めるアラフィフさんが、さまざまな人との繋がりの中で、さまざまな自分を見つけていく。その中で次第にきっと、彼を手放したとしても自分は大丈夫だ、これ以上奪わせ続けるわけにはいかないぞ、と思えるようになるのではないかと思うのです。

不思議なことに周りを見ていると、誰かがいなければとても自分は生きていけない、と思っているうちはなかなか健全な恋愛をすることが難しく、自分一人だって楽しく生きていける、と心の底からカラッと開き直ったときにこそ、お互いに惜しみなく与え合える、健やかな恋愛が生まれることが多いように感じます。ですからまずは、疲れた今の自分を労るために、そしてさらに今後、決して奪わない相手と疲れない恋愛をするために、できればぜひがんばって奪いにくる彼に、奪わせない努力をしてみてください。奪う限り、私の側に来させることはできないと、きっぱりと示してください。それはきっと、少なからず彼のためにもなることだと思うのです。

イラスト:わかる

紫原明子● 1982年、福岡県生まれ。個人ブログが話題になり、数々のウェブ媒体などに寄稿。2人の子と暮らすシングルマザーでもある。Twitter

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