くらし

平野啓一郎さんに聞く、『叫び』だけじゃない、ムンクの魅力。

  • 撮影・黒澤義教 文・上條桂子 撮影協力・ノルウェー大使館

「叫び」シリーズはむしろ例外。視線の移動にスピード感がある。

《病める子Ⅰ》 1896年 リトグラフ 43.2×57.1cm ムンク33歳。パリで取り組んだリトグラフのひとつだ。

画家ムンクとはどんな人だったのだろうか? それを一枚の絵から導き出すのは難しい。また、代表作でもある「叫び」からは迫り来る不安な様子が感じ取れるが、まったく違うタイプの風景画や、女性を描いたシリーズなどもある。決してひとつのイメージでは括れない。平野さんは、ムンクの絵の見方についてこう語る。

「彼は誰が見てもムンクとしか言えないタッチを持っている画家ですが、そこから人物像を引き出そうとするとすごく難しい。でも、バイオグラフィと照らし合わせながら、彼が何歳でどこで何をしていた時の絵かがわかると、特にムンクは時期によって描く絵の主題がはっきりしているので、作品が見やすくなる。母と姉の死が彼の死生観の核を作り上げて『病める子』のシリーズが生まれたり、何人かの恋愛相手のイメージが『吸血鬼』シリーズになる。《病める子Ⅰ》では、死にゆく子どもの横顔からその心境が感じ取れますし、《吸血鬼》は単に怖い女性を描いたのではなく、男性も抱擁されることを望みながら血を吸われているような、女性の包容力と怖さが一体となった絵のように見えます。また、『マドンナ』シリーズの世紀末的な死とエロティシズムの表現手法によるアプローチは、ムンクのひとつの発明ではないかと思います」

「接吻」や「吸血鬼」「マドンナ」など、ムンクは同じ主題を繰り返し、何度も画材を替えてしつこく描いた。代表作とも言える「叫び」は、版画以外に4点の作品があり、そのひとつテンペラ・油彩画は初来日となる。しかし平野さんはムンク作品において、「叫び」は例外的な作品に感じるという。

「あまりにも有名な作品なので、今回の展示でも注目を集めると思いますが、一度『叫び』を忘れてムンク作品を見てみるというのも、見方のひとつかもしれません。僕がこのシリーズを見ていて面白いなと思うのは、遠近感を視線で追っていく時のスピード感覚。手前から奥に向かって目で追っていく時に、視線が速く移動するような速度が体感できます。あと、彼の描く曲線を、20世紀の北欧デザインと比較してみても面白いと思います」

《マラーの死》の前のセルフポートレート、エーケリーⅣ 写真 11.5×8.8cm 1902年に初めてカメラを購入。フィルム現像も自身で行った。
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