「一時筆を置き、描けなくなったことなどもあり、これまでは腺病質、神経質という見方をされることが多かった。けれど、新たに資料を読んでいくと、実は師匠の国芳と同様に賑やかなことが大好きで、お祭りには多くの弟子を連れて出かけていたといいます。私のイメージは、中尾彬さんや江守徹さん。若い頃すらっとした美男子だったのが、年齢を重ねて貫禄が出て。後輩にも優しい親分気質で、芸術にも造詣が深い。そんな人格だったのではと思っています」
多くの作品の中から最も印象的な一枚として平松さんがあげてくれたのは、『藤原保昌月下弄笛図』(ふじわらのやすまさげっかろうてきず)。武勇に優れた藤原保昌を狙う盗賊の袴垂(はかまだれ)が、隙あらばと跡をつけるが、笛を吹きながら泰然と歩く保昌の気に押され襲いかかれずにいる瞬間が描かれている。
「元は肉筆画で、明治15年の内国絵画共進会に出品され、翌年に大判三枚続として刊行された錦絵です。後にこの場面を元にした芝居が新富座で上演されるなど、一大ブームになりました。何といっても保昌を中心にした、月と袴垂との関係性がすごい。静謐で緊迫したなかに風や雲が流れ、笛の音まで聞こえてきそう。芳年の構成力たるや、と感じさせる作品です」