くらし

ポップで、おしゃれで、ユーモラス。多彩な浮世絵をもっと気軽に楽しもう

ポップ、おしゃれ、ユーモラス……。
多彩な浮世絵の世界へようこそ。
さまざまな楽しみ方を探ります。
  • 撮影・黒川ひろみ 構成・中條裕子 文・嶌 陽子
本来は大衆に向けて描かれたもの。気軽に楽しんでほしいですね。(太田記念美術館 主席学芸員 日野原健司さん ・左)教科書で見る浮世絵だけでない、多彩な魅力を知ってほしいです。(小説家 梶よう子さん ・右)

浮世絵の多様なおもしろさをもっと知ってほしいという思いから実現した、今回の対談。これまで浮世絵を題材にした作品をたびたび発表している小説家の梶よう子さんと、東京・原宿にある浮世絵専門の美術館、太田記念美術館主任学芸員の日野原健司さんが、さまざまな浮世絵の楽しみ方を語り合った。

日野原健司さん(以下、日野原) 梶さんはかなり昔から浮世絵に触れていたんですか?

梶よう子さん(以下、梶) 最初の出合いは永谷園のお茶漬けのおまけで付いていた東海道五十三次のカードでした。夢中になったのは美大に入ってから。学校に浮世絵の雑誌がたくさんあったんです。それまで陰影のある西洋画が優れていると思ってましたが、初代歌川豊国や国貞の美人画をあらためて見た時に、線による表現がすごいな、と。日野原さんはどうしてこの道に?

日野原 中学生の頃から美術館で絵を見るのが好きで、大学では美術史を学びました。最初は西洋美術のほうに興味があったんですが、次第に掘り下げて研究するなら浮世絵のほうが面白そうと考えるようになって。それで大学院で専門的に学び、今に至ります。

 なぜ研究対象に西洋美術ではなく浮世絵を選んだのでしょう?

日野原 西洋美術は、知れば知るほど距離を感じてしまい……。文化や言語も違うので、理解するために乗り越えなければいけないものがたくさんある。
その点、浮世絵は感覚的に近いところがある気がします。もともと庶民のために描かれた絵ですし、漫画やアニメにも通じるような気軽な雰囲気がある。一方で近づけば近づくほど、もっと知りたくなる部分にも惹かれました。

 浮世絵というと教科書に載っている歌麿や写楽の絵というイメージに捉われがちですが、もっと多彩なものですよね。ちなみに日野原さんが最初に好きになった浮世絵師は?

日野原 葛飾北斎です。高校生の時に見た「冨嶽三十六景」の「山下白雨(さんかはくう)」がすごく記憶に残ったんです。大学に入って浮世絵を学ぶ中でも何度となく立ち戻った、原点のような絵ですね。

日野原さんが最初に感銘を受けた北斎の作品。「色使いをはじめ、余分なものを削ぎ落として必要なものだけを描いて、見る人にインパクトを与える表現に驚きました」葛飾北斎 「冨嶽三十六景 山下白雨」 太田記念美術館蔵

歌川広重は江戸っ子気質? 絵師を知ると、絵も面白くなる。

日野原 梶さんが書かれた小説『広重ぶるう』を読んで、今までの歌川広重像とは違う印象を受けました。広重というと「真面目」というイメージでしたが、小説の中ではかなり江戸っ子のキャラクターですよね。

 私も「広重=真面目」と思っていたんです。でも資料を読むと「朝湯が好き」「おいしいものが好き」とあって、この人は真面目一辺倒ではないかも、と。日野原さんが今回推している東海道五十三次の絵のおじさんの顔を見て、ますますそう思いました。広重が描くおじさんは本当におもしろい。戯画に近いですよね。

【日野原さんの推し】旅人を強引に客引きする宿の女を描いたユーモラスな絵。「当時の旅の様子がわかるとともに、おじさんの愛嬌ある表情に惹きつけられます」歌川広重 「東海道五拾三次之内 御油旅人留女」 太田記念美術館蔵

日野原 広重は風景画の人というイメージですし、確かに北斎に比べると人間を描くのは得意ではない。でも何とも言えない味わいがあるんです。

 風景の中に溶け込んでいる人を描くことが多いですよね。人も風景の一部として見ていたのかも。

日野原 そうやって絵師のことを知るのも、浮世絵の楽しみ方の一つですね。もちろん小説はフィクションですけれど、「あの人がこの絵を描いたのかな」と想像しながら見ると、絵もよりくっきり見えてくると思うんです。広重や北斎など、梶さんが小説の主人公に浮世絵師を選ぶ理由は何でしょう?

 もちろん浮世絵が好きだから、というのもありますが、小説を書くことと絵の創作には通じるものがあるように思えて、シンパシーを感じるんです。それに、当時の浮世絵師と版元との関係というのが、今の作家と出版社の関係と似ている気がして。

日野原 確かに、梶さんの小説には版元がけっこう出てきますよね。浮世絵の企画から宣伝、販売を行う版元は、今でいう出版社。絵師をコントロールする立場でもあった。

「描かれている風俗を今の自分の暮らしと比べるのも楽しいですね。」

 おそらく版元は浮世絵師にあれこれ注文を出していたはずで、浮世絵師も「今の流行りも描いておこうかな」という思いもあったのでは。そういうところは作家にも若干あります(笑)。

日野原 木版で摺られた浮世絵は、不特定多数の人に販売する娯楽品でした。浮世絵師は自分が描きたいものだけを描いていたわけではなく、あくまでも版元の注文を受けて描いていたんですよね。とはいえ、絵師が全てを版元の言うとおりにしていたら新しいものは生まれない。作り手と売り手との意図がうまく合致した時にこそ、傑作が生まれたのかもしれません。

 いわゆる今の「画家」とは違いますよね。浮世絵は海外で芸術としてもてはやされて、日本でも再評価されたりしましたけど、本来は決して「芸術」ではない。それを小説で伝えたいという気持ちもありました。

日野原 溪斎英泉(けいさいえいせん)の美人画にはおしろいの広告文が書かれている。いわゆる芸術作品だったらこんな商業的な文はまず入れないですよね。

【日野原さんの推し】美人画で有名な絵師、溪斎英泉の作品。「下唇に紅を塗り重ねて玉虫色に見せる、〝笹紅〟という当時流行したメイクが描かれています」溪斎英泉 「はつ雪」 太田記念美術館蔵

 歌川国芳が描いた、お酒の樽に女性が座っている絵もあります。

日野原 美術館で額に入って飾られていると、とっつきづらいと感じる人も多いかもしれませんが、もともとは大衆向けに作られたもの、しかも手頃な値段で買える身近なものだった。

 当時は額に入ったものを遠くから眺めるのではなくて、手元で見ていたんですものね。実際に今、浮世絵を手に持って見るのは難しいでしょうけど。

日野原 そこは美術館としてもジレンマを感じています。もっと気軽に浮世絵を見てもらいたいんですけどね。

 でも、日野原さんはどうやって浮世絵を楽しんでもらうかをいつも考えていらっしゃる。日々、興味深いネタをツイッターで発信されていますよね。歌川国貞の絵を見せながら「江戸時代、すでにカットスイカはあった」とツイートしたり。

日野原 なるべくいろいろな切り口から浮世絵を見てもらいたいと思って。ただ、やっぱり江戸時代の人と全く同じような感覚で見るのは難しいと思うんです。たとえば歌舞伎役者の絵にしても、当時でいえばトップアイドルなわけですよね。それを肌で分かっている人と同じように見るというのは、なかなかハードルが高いと思います。

 とはいえ、推しの1枚に国貞の役者絵を挙げていらっしゃいますね。これはどうしてですか?

【日野原さんの推し】大人気だった絵師、歌川国貞が得意とした役者絵。「青・赤・黒の格子模様の背景が目を引きます。着物の柄やいなせなポーズも魅力的」歌川国貞(三代歌川豊国) 「御あつらへ三色弁慶」 太田記念美術館蔵

日野原 役者のことをよく知らなくても、この絵はデザインが印象的なんですよ。3色の格子模様を背景にするセンスは、今見てもとても個性的。

 私もこの絵を見た時、すごくポップだなって思いました。

日野原 色の華やかさや鮮やかさは、浮世絵の魅力のひとつだと思います。もうひとつ、当時の江戸時代の風俗が見られるという面もありますね。

 私が選んだ広重のお祭りの絵もそう。二十六夜待(にじゅうろくやまち)というお月見が江戸時代では一つのイベントだったんですよね。たくさんの屋台が並んでいて、こんなに人が集まっている。江戸時代でも今と同じように、お祭りはにぎわっていたんだな、なんて思いながら見るのが楽しいんです。

【梶さんの推し】旧暦の7月26日の月を見る行事を描いた絵。左下にタコの被り物をした男性の姿が。「たくさんの屋台も、おちゃめなおじさんも気になります」歌川広重 「東都名所 高輪廿六夜待遊興之図」 太田記念美術館蔵

日野原 この絵は、江戸時代の屋台を描いている絵としては一級品です。昔はこんな屋台があったんだとか、現代と比べてみるのもおもしろい。あるいは、こうしたお祭りの中に自分も入ったつもりで、絵の中の人たちと同じような感覚でも楽しめそうです。

 この絵で突出してるのは、タコの被り物をしてるおじさんですね。これは一体何なんでしょう?

日野原 周りの人たちも仮装したり楽器を持ったりしているので、何かの踊りをする大道芸の集団だったのでは。

 タコ踊りですかね? どんな踊りをしていたのか、実際に見てみたい。

日野原 屋台でどんな料理がどんな形で出されていたのかも気になります。

 広重は料亭の絵も多く描いていますが、出てくる料理や食器が興味深いです。「お刺身がきれいに盛り付けてある」とか。ほかにも日本橋の河岸の絵だったと思うんですが、すごく大きな鮑が描かれていたんですよ。こんなに大きな鮑がとれたのか!って。

日野原 浮世絵には絵師の空想やフィクションも混ざっているとは思いますが、その可能性も含めて楽しむというのはありですよね。

 歌川国芳の猫の絵にも猫の餌を入れる皿に鮑の貝殻が使われてますが、これも大きいんですよ。

【梶さんの推し】無類の猫好きで知られた浮世絵師、歌川国芳による「東海道五十三次」のパロディ。「江戸時代にはやった語呂合わせ、地口の愉快さを味わえます」歌川国芳 「其まま地口 猫飼好五十三疋(みゃうかいこうごじゅうさんびき)」  ギャラリー紅屋蔵

日野原 しかし、この国芳の絵も本当にふざけた絵ですよね。

 東海道五十三次の地口(じぐち)(江戸時代に流行った語呂合わせ)でさまざまな猫を描いているんですよね。「日本橋」=「二本だし」でかつおぶしを2本描いているのはうまいと思ったんですが、だんだん語呂合わせも苦しくなってくる(笑)。可愛い猫を見ながら地口の解読に挑戦するだけでも楽しめます。

大衆に向けて書かれた浮世絵は時代を映し出す鏡。

日野原 梶さんは月岡芳年の絵も推していますね。これはすでに明治時代に入ってからの作品です。

【梶さんの推し】幕末〜明治の激動期に人気を集めた絵師、月岡芳年の晩年の作品。「安定した構図、力強さ、人物の形の美しさなど、とにかくかっこいいのひと言」月岡芳年 「芳流閣両雄動(ほうりゅうかくりょうゆうどう)」 太田記念美術館蔵

 この絵は本当にかっこいい! 掛け軸にしたいくらいです。

日野原 洗練された構図、人物の魅力的なポーズ。芳年の絵は今の漫画家やイラストレーターの間でも人気です。

 これは曲亭(滝沢)馬琴のベストセラー『南総里見八犬伝』のワンシーンですよね。八犬伝は芝居にもなっているし、こうして絵にもなっている。今でも小説がドラマになったり漫画になったりしていますが、そうしたメディアミックスがこの当時からあったんだなということをすごく感じました。

日野原 明治になり、石版画や写真などいろいろな技術が入ってきて、木版画に衰退の兆しが現れ始めた、そんな時期に描かれた作品。芳年も浮世絵の将来について考えていただろうし、いろいろな葛藤もあったはずです。そうしたことを想像しながら絵を見るのもよいのではないかと。

 時代に翻弄された幕末〜明治の絵師……。なんだか涙が出ます。

「お刺身や大きい鮑など、 絵の中に出てくる料理や器も興味深いんです。」

日野原 大衆に向けて描かれた浮世絵は、時代を映す鏡ともいえますからね。

 約200年前から日本にこんなにきれいな多色摺りの版画があって、それを大衆が日常的に楽しんでいた。それ自体がすばらしいことではないかと。現代の私たちも小難しく考えず、私が学生時代に美人画を見て「きれいだな」と思ったように、「おもしろい」とか「自分の趣味に合うな」と感じるだけでいい。そんなふとしたきっかけから興味が広がっていけばいいなと思います。

日野原 今は海外の美術館も浮世絵のデータベースを持っているし、インターネットでたくさんの作品を見られるようになりました。今後さらに整備されていけば、新しい形の鑑賞法が生まれるかも。浮世絵の楽しみ方がもっと多様になっていくかもしれませんね。

太田記念美術館

国内有数の浮世絵専門の美術館。

東京都渋谷区神宮前1・10・10 
TEL.050・5541・8600
10時30分~17時 
休館日:月曜、2月28日〜3月2日(展示替え期間) 
https://www.ukiyoe-ota-muse.jp

梶よう子

梶よう子 さん (かじ・ようこ)

小説家

2008年「一朝の夢」で松本清張賞を受賞。「摺師安次郎人情暦」シリーズ、『北斎まんだら』『広重ぶるう』など、浮世絵の世界を描いた作品も多数。

日野原健司

日野原健司 さん (ひのはら・けんじ)

太田記念美術館 主席学芸員

江戸〜明治の浮世絵史を研究。太田記念美術館にてさまざまな展覧会を企画している。著書に『ようこそ浮世絵の世界へ』(東京美術)など。

『クロワッサン』1087号より

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