『たぶん、恋しい』 著者 一穂ミチさんインタビュー ──「他者との関わりでしか、自分の輪郭は見えません」
文・中條裕子
本作は6編からなる短編集。いずれも、他者には理解されにくい当事者だけに見えるものや、こだわりが物語の軸になっている。見えない猫を溺愛する恋人、交際相手の家に現れる元妻の幽霊、言葉代わりに指笛を吹く大叔母……。
大事な人と、いちばん近くにいても、長い時間を過ごしてきても本当のところでは理解することができない。その哀しみと、受容の先にある希望を一穂ミチさんは描く。
これまでの作品においても、誰かと分かり合うことの難しさを書いてきた。傷つきながらもなおそれを望んでしまう人間の心情。そのままならなさの理由を、
「自分のかたちというものは、他者と関わることでしか確かめることができないものだから」
と語る。
「自分というポンコツな存在に何度絶望しても、自分は自分として生きるほかない、そのつらさが骨身に染みるときがあります。そういうときって絶対に、誰かと関わっている瞬間なんですよね。
他者と関わるなかで『自分の言葉や思いが足りなくて、コミュニケーションがうまく取れなかったな』と思ったり、あるいは『この人、私のことを何もわかってくれていないんだな』とがっかりしたり。でもそういう、自分は何に傷ついてどういうことに腹を立て、何を愛するのかというようなことは、他者と接することでしか分からないんです」
そういう凸凹同士の心の擦れ合いに惹かれる、とも。
「きっとそれが“生きる”ということ。そして私にとって小説を書くとは、それを言葉や物語にすることなのだろうと思っています」
兼業作家でいることは創作姿勢にも向いている
今も勤め人をしながら執筆活動をする、兼業作家としても知られている。忙しさも気にならない、という。
「自分は人に揉まれて仕事をするほうが向いているタイプで。そうでないと一日のなかでコンビニの店員さんに『レジ袋ください』しか言わない日ばかりになってしまう。それで全然差し支えない方もおられると思うけど、私は多分そうじゃない。週末とか家に引きこもってたりすると言葉がうまく出てこない感じがありますよね。脳をいつもある程度緊張させておかないと、という感じ」
収録作のひとつ〈エンパイアライン〉では「ぬいぐるみに癒やしを求める“ぬい活”のことが頭にあり、見えない猫を愛でる女性を思いつきました」。〈たぶんそんな感じ〉ではSNS上のトラブルに苦しむ女性が登場する。リアル社会の空気感を巧みにすくい取る感覚は、その生活によるものなのだろうか。
「そういうものを受信せざるを得ない、と思います。特に自分が年を取ってくると、世の中の移り変わりや積み重ねについて思うところもたくさん出てきます。小説の登場人物の来し方行く末を思うこともありますから」
『クロワッサン』1176号より
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