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町中華(1)──落語家・林家つる子さん×ライター、 町中華探検隊初代隊長・北尾トロさん

どこかほっとする、気取らない味、懐かしい風情を感じる店の佇まい。そんな古き良き町中華の世界にどっぷり浸ってみませんか。

撮影・小林キユウ 文・嶌 陽子 撮影協力・大勝軒 構成・堀越和幸

町中華(1)──落語家・林家つる子さん×ライター、 町中華探検隊初代隊長・北尾トロさん

「疲れている日は、無性に町中華に行きたくなります」
右:林家つる子(はやしや・つるこ)さん  1987年、群馬県生まれ。2010年、林家正蔵に弟子入り。2024年3月、女性初の抜擢真打に。寄席やホール、テレビやラジオで幅広く活躍中。

「自宅の台所の延長みたいな、気軽さが魅力です」
左:北尾トロ(きたお・とろ)さん 1958年、福岡県生まれ。本や裁判傍聴、狩猟など幅広い分野で執筆。町中華探検隊の活動を綴った著書に『町中華とはなんだ』などがある。

どんな町にも一軒あって、手軽な値段でお腹いっぱいにしてくれる町中華。長年みんなに愛され続ける理由とは? 町中華を愛するふたりが、その魅力をとことん掘り下げます。

北尾トロさん(以下、北尾) 今日お邪魔している台東区・浅草橋の『大勝軒』さんは、今年で創業80年。町中華の元祖の味を受け継いでるお店です。

林家つる子さん(以下、つる子) お店の佇まいからも歴史が感じられます。何よりおいしい! 今日いただいたラーメンやチャーハン、ギョーザ、どれも「これぞ求めていた味」という感じで、大満足でした。

北尾 僕がいただいた五目冷やし中華もよかったなあ。五目どころか、8種類くらい具が入ってるんだもん。シュウマイも手作りの皮、玉ねぎ多めのさっぱりした具がおいしかった。今やシュウマイがメニューにある店は少ないから、食べられてうれしいです。

つる子 どのお料理も、ほっとするような、どことなく優しい味ですね。

北尾 間違いのない、ベーシックな味。いつもの味をいつものように、そんな安定感がいいですよね。つる子さんは普段から町中華によく行くんですか?

つる子 大好きで、一人でよく行きます。夜に定食を食べられるのが魅力だと思ってまして。疲れている日なんかは特に「今日は絶対に町中華で締めたい」っていう時があるんですよ。だから自分が住んでいるエリアに町中華が一軒あるとうれしいです。

北尾さんが注文したのは具だくさんの五目冷やし中華1,050円、皮から手作りのシュウマイ(5個)550円
北尾さんが注文したのは具だくさんの五目冷やし中華1,050円、皮から手作りのシュウマイ(5個)550円

北尾 今のお話は「町中華とは何か」っていうことを考えるうえですごくポイントをついてるなと思います。町中華って、要するにその町に根づいているお店なんですよね。

つる子 北尾さんは「町中華探検隊」として、数々のお店に行っているんですよね。きっかけは何だったですか?

北尾 十数年前、よく行っていた高円寺にある『大陸』っていう店が閉店したのを知って。その時、友だちのライター、下関マグロに「こういう町中華はだんだん減っていくね」ってボソッと言ったんです。その時マグロさんが「町中華って言葉を初めて聞いた」って。じゃあ、あちこちで町中華の店が消えてしまう前にいろいろ食べ歩いて記録を残そうとなり、そのうちほかにもメンバーを募って「町中華探検隊」を結成したんです。今は100人ほどメンバーがいて、不定期で活動してます。

つる子 北尾さんは、町中華という言葉の生みの親ということですね。

北尾 昔から「町医者」なんていう言葉はあったでしょ。地域密着型というか、そこで暮らしている人のための場所、みたいな。町中華っていう言葉も、皆の抱いてるイメージにぴたっと合うなと。僕自身もそうだったので、どんどん言っていこうと思ったわけです。

つる子 今や町中華という言葉もすっかり定着している気がします。私がナレーションを務めているTV番組『日本一ふつうで美味しい植野食堂』でも、町中華はたびたび登場しています。

つる子さんは、本人曰く「黄金セット」のラーメン650円、半玉子チャーハン400円、ギョーザ(3個)300円を完食
つる子さんは、本人曰く「黄金セット」のラーメン650円、半玉子チャーハン400円、ギョーザ(3個)300円を完食

戦後の闇市から誕生、高度経済成長期に花開く

北尾 町中華探検隊の初期は、町中華をきちんと定義しようと思ってたんだけど、いろいろ回ってるうちに定義できないのが町中華だという結論になったんです。ほとんどが個人店なので、店ごとに味や雰囲気、ルールも全然違う。定義なんてできないほど、想像を超えた適当さがあるのが町中華だなと。

つる子 想像を超えた適当さ(笑)。でも、こちらもそれを求めてる気がします。誰でもウェルカムみたいな雰囲気も、町中華の特徴だと思っていて。外食はしたいけど、そんなに気張らない味が食べたい。そんな時に「ただいま」って言えるような場所なんです。

北尾 そうそう。全体としては自分の家の台所の延長みたいな気軽な雰囲気ですよね。町中華ってもともと戦後の闇市などから誕生したもの。米不足のところにアメリカから小麦が入ってきて、ラーメンが作られた。それが流行って、儲かったところが店を構え、その店で修業した人に暖簾分けをして……。そうやって増えた町中華がその後、高度成長に乗って花開いていった。基本は中華料理ですが、客が望めばカレーやカツ丼、オムライスも出すんです。余計なプライドがないのも特徴かと。

つる子 ああ、ありますよね、カレーやカツ丼。当たり前のようにメニューに書いてあります。

北尾 昔、「これぞ町中華!」と感銘を受けたことがありましてね。西荻窪あった店のメニューに「ちゃんぽん」と書いてあって。僕は九州出身なので、長崎ちゃんぽんには馴染みがあったんです。ここのを食べてみようかなと思って店主に「どんなのですか?」って聞いたら「あんかけで、生卵の黄身がのってる」と。それが東京風のちゃんぽんなんだと思ってたら「20年前に俺が考えたの」って言うんです。「研究されたんですか?」って聞いたら「いや、俺はちゃんぽんを一回も食べたことない。噂を聞いて、こんな感じかなって作って出したら喜ばれて。今やうちの大人気メニューだよ」って。

つる子 完全に店主のオリジナルなんですね(笑)。

北尾 一度も食べたことないのに、実に堂々と「ちゃんぽんだ」って言ってるのがいいなあと。町中華の店主って一国一城の主だし、とにかく忙しいから研究に時間も割けない。修業した店の味と、自分のアイデア、客からのリクエスト、これで充分なんです。

つる子 それこそ町中華ですね。店主が面白そうだなと思うお店も、確かにあります。一見ぶっきらぼうで冷たそうな印象なんですが、何度か通っていると、帰りに「いつもありがとうね」なんて言ってくれることも。お客さんをほうっておいてくれる感じも好きなんですが。

北尾 寡黙なのは単に忙しいからなんです。手早く鍋を振らなきゃいけないし。本当は話したくてうずうずしてる人が多いはず(笑)。

つる子 なるほど、そういうことなんですね。確かに、あの手際のよさに見惚れちゃう時があります。あんなに重たい中華鍋を簡単に振るなんて! って。

北尾 鍋に砂を入れて練習する人もいるって聞いたことがありますよ。町中華の厨房って丸見えで、まるでステージみたい。できればカウンターに座って、かぶりつきで店主のパフォーマンスを見てほしいです。つい「よっ!」なんて掛け声をかけたくなりますから。

「五目は中華の花形だからつい頼んじゃう。食べる時もテンションが上がるね」と、北尾さんも大満足
「五目は中華の花形だからつい頼んじゃう。食べる時もテンションが上がるね」と、北尾さんも大満足

ポイントは暖簾や看板? 外さないお店の見分け方

つる子 実は私、学生時代に立川の『白玉蘭(はくぎょくらん)』という中華料理店でアルバイトをしてたんですよ。商業施設の中にあったので、町中華とはちょっと違うかもしれませんが、家族経営の店ではありました。一人暮らしを始めてからも近所の町中華に行ってましたし、入門後も寄席が終わった後に鶯谷の『美叙飯店(びじょはんてん)』なんかによく行ってました。師匠(林家正蔵さん)が中華好きで、師匠に聞いたお店に行ってみることも。そのうちのひとつが千駄木の『一寸亭(ちょっとてい)』。ここのもやしそば、それとピンクのなるとが入ったチャーハンは大好きです! そんなわけで、町中華との付き合いはけっこう長いんです。

北尾 つる子さんは逞しくいろんな店に行かれてますが、少し前まで町中華って女性には不人気だったんです。喫煙可の店が多かったし、酔っ払いもたまにいるしね。僕が若い頃、女性客はほぼいなくて、おじさんの世界だった。

店内に貼られたメニュー表もどこか懐かしい雰囲気。麺やご飯もの、定食が手頃な価格で食べられる
店内に貼られたメニュー表もどこか懐かしい雰囲気。麺やご飯もの、定食が手頃な価格で食べられる

つる子 確かに、一人で町中華に行っていると言ったら、友だちに驚かれたことがあります。

北尾 それが最近、知らない人には逆に新鮮に感じられるみたいで。アクの強い店主がいる個人店を面白がったり、デコラ張りの赤いテーブルを「可愛い」なんて言って写真を撮ったり。最近はほとんどの店が禁煙ですしね。だいぶ入りやすくなってきたと思います。

つる子 私は初めての店に飛び込みで入ることもけっこうあります。外観のビジュアルがイマイチだなと思っても、入ってみるとおいしいっていうことがあるのが町中華ですから。

北尾 入る時、少し心が揺れますけどね(笑)。外のショーケースに入ってる食品サンプルを見ると、いつから替えてないんだっていうくらい埃がたまって黒ずんでいる店も。でも店内に入ってみるときれいだったりして、その感じも好きなんですけど。

ラーメンを作っているのは、4代目の岩上夏也さん。家族による阿吽の呼吸で素早く料理が提供される
ラーメンを作っているのは、4代目の岩上夏也さん。家族による阿吽の呼吸で素早く料理が提供される

つる子 北尾さん流の、外さないお店の見分け方ってありますか?

北尾 店に何を求めるかにもよるでしょうけど、ある程度のおいしさや居心地のよさってことになると、やっぱり暖簾がしゃきっとしているのがいいですよね。あまりにもヨレヨレで汚いのは避けたいなと。でも逆に、ちょっと端っこが黒ずんでいるような店は歴史を感じて入りたくなります。この『大勝軒』さんがまさしくそうなんですが。

つる子 分かります! 暖簾があまりにも新品すぎると、歴史が浅いお店なのかなって思って逆に心配になっちゃいます。あまり新し過ぎるお店は入らないかもしれません。

北尾 どうせなら長年続いている店に入りたいですからね。だから看板の書体も案外大事です。昭和の書体というか、今どきあまり見ないようなものを使ってるのは確実に古い店だろうと。

つる子 そうした店が今まで残ってるのだから、きっと間違いないだろうって思いますよね。

北尾 最近、「町中華の名店」とか「うまい町中華ランキング」みたいなものも見るけど、僕からすると何十年も続いているということは、それだけで選ばれた店だと思うんです。だから、どの店にも必ず何かしらの強みがあるんですよ。味は自分の好みと合わなくても、居心地がすごくいいとか、店主の人柄がいいとか、女将さんの気風がいいとか、すごくいい場所にあるとか。町中華探検の際にも、そうしたいい点を見つけていきたいです。

「町中華といえば」の、ショーケースに入った食品サンプル。年季が入った見た目もまた味わい深い
「町中華といえば」の、ショーケースに入った食品サンプル。年季が入った見た目もまた味わい深い

そこそこおいしくて、なぜかまた行きたくなる

北尾 つる子さんが町中華で食べる定番メニューは何ですか?

つる子 定食を頼むことが多くて、麻婆茄子定食を頼みがちですね。ギョーザもマスト。その店の味を試してみたくなります。ラーメンを食べたい時も、今日いただいたラーメンと半チャーハンセットみたいに、セットにしちゃいます。要するに、いろいろ食べたくなるんですよ。北尾さんはどうですか?

北尾 一時期はタンメンばっかり食べてました。野菜が入ってるから体にいいんじゃないかと思って(笑)。同じ理由で、ご飯ものだと中華丼。あと、ちょっと毛色が違うけど、カツ丼もよく頼んでましたね。

3代目の岩上孝之さん。優しく穏やかな雰囲気ながら、素早く料理を仕上げる手際のよさが印象的
3代目の岩上孝之さん。優しく穏やかな雰囲気ながら、素早く料理を仕上げる手際のよさが印象的

つる子 カツ丼といえば、三ノ輪の『やよい』で食べたのがすごくおいしかったです。中華の出汁を使っているからか、普通のカツ丼と違う気が。

北尾 ラーメンスープを使ってるからでしょう。町中華ではチャーハンはもちろん、カレーなんかにも使うし。だから何でもその店の味になるという。

つる子 高い食材を使わず、調理法を工夫して安くておいしいものを提供してくれるのがいいなあと。

北尾 働く人たちがさっと食べてまた仕事に戻れるよう、スピードも大事。それと僕が思うに、ものすごくおいしい絶品料理というより、そこそこおいしくて、でもなぜかしばらくするとまた行きたくなる、くらいが理想です。そんなに高みを目指さなくても、誰でも満足できる気軽さがいいんですから。

つる子 私もそう思います。「普通」の味がほっとするんですよね。

各テーブルに置かれた卓上調味料も、町中華らしさのひとつ。自分の家のように気楽に過ごせるのだ
各テーブルに置かれた卓上調味料も、町中華らしさのひとつ。自分の家のように気楽に過ごせるのだ

北尾 閉店する町中華も多いけど、後継者が味をアップデートしている店もあるし、若い人たちが新たに立ち上げる店も出てくるかもしれない。そういう流れになるといいなと思います。僕はそのために今あるお店について記録していきたい。でも、僕だとどうしても男目線で見ちゃうでしょ。つる子さんは違う視点で語ってくれそう。町中華の新作落語なんていかがですか?

つる子 確かに、落語は大衆芸能なので、町中華はぴったりな題材かもしれません(笑)。

北尾 そのうち聞けるのを楽しみにしています!

北尾さん「働く人がすぐ仕事に戻れるよう、さっと出てくるのもいいね」
北尾さん「働く人がすぐ仕事に戻れるよう、さっと出てくるのもいいね」
つる子さん「安くておいしい、そんな「普通さ」にほっとするんです」
つる子さん「安くておいしい、そんな「普通さ」にほっとするんです」

大勝軒
1946年、東京・日本橋人形町の『大勝軒』総本店から暖簾分けして創業。麺も、ギョーザやシュウマイの皮も自家製、家族で変わらぬ味を守り続けている。

東京都台東区浅草橋2-28-10
営業時間:11時~14時30分(土曜日は~14時)、17時~20時(土曜日は~19時)
定休日:木・日曜、祝日

『クロワッサン』1173号より

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