『ひとごとごと 1』 著者 オカヤイヅミさんインタビュー ──「“ひとごと”だらけの架空の街が舞台です」
撮影・石渡 朋 文・鳥澤 光
結婚、出産、就職、引退。分岐するライフステージによって生活空間が明確に分けられる近未来。SF漫画『ひとごとごと』の主人公・先山あさみは子どもを産まない選択をした44歳。実家があった子育て家庭だらけの文教地区から、就職をきっかけに、自由で便利で〈たくさんの他人ばかりで成り立っている〉商業地区へ引っ越し、〈ようやくわたしは安心できた〉と感じて以来20年間、働きながらこの街で暮らしている。
「中年を主人公にしたフィクションってまだまだ少ないんですよね。特に女性はお母さん的な存在として描写されることが多いので、そうじゃないキャラクターがいてほしいなと。結婚しない選択肢がある、と思えるようになった世代を描きたいという気持ちと、私自身が中年になってきたという実感が新鮮で衝撃的で興味深かったので、今回の題材に選びました」
文教地区に暮らす14歳の白井万寿はもう一人の主人公。横断歩道ですれ違ったあさみが発する汗とにおいと毛穴に、彼女が〈あ〉と驚く場面が印象的だ。
「毛穴、編集者さんにとめられたんですけど描いてしまいました。ある程度近づくと他人のにおいがしたりつむじが見えたりする瞬間が好きだし、その“綻び”に描きがいを感じます。漫画にはよきもの、美しいものを描かなければとはぜんぜん思っていなくて、むしろ正味のところを描くのがおもしろい」
少女の驚きの一瞬あと、驚かれたあさみが抱く〈なんか、なにか、してあげたいなー〉という不定形の感情が物語を駆動して、3人目の主人公、82歳の笠原史乃が暮らす熱海へと舞台が広がっていく。
SFが持つケレン味が世界を立ち上げ、形にする
オカヤイヅミさんは、早川書房のコミックサイト「ハヤコミ」で連載中の漫画『ラディッシュを下から見る』でも、サイエンスフィクションの枠組みを用いている。
「そのときどきで濃度は違うんですが、漫画でも小説でも映画でも、SFという仕掛けは子どもの頃から好きでした。自分が作るとおままごとみたいになってしまいそう、自家中毒を起こしてしまうのでは、と自分には描けないものと決めつけていたんですが、年齢を重ねた今なら、風とおしよく描けるかも? いっそケレン味があったっていいじゃないか! と思うようになり、挑戦してみることにしました。さらに、自分が生きている現実の世界がどんどんディストピアに近づいていっているので……どうしたってそれは作品に映されていくんだと思います」
架空の街の景色、ブリューゲルの絵画『バベル』を思わせる建物、熱海の緑と青、生活の空間や道具のディテールなど、絵を見る喜びもたっぷり詰まっている。
「景色や詳細がないと世界観がわかりづらいだろうと、私にしては描きこんでいると思います。物それぞれの色や質感を意識して、色調の違うグレーを使い分けて描く、新しいやり方を楽しんでいます」
『クロワッサン』1169号より
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