『レテの汀』著者 雛倉さりえさんインタビュー ──「自分が変わったから、書けた作品です」
撮影・森 清 文・堀越和幸
日除けや冷え対策にも便利なシアーカーディガン
コットン100%で軽くて涼しい素材ながら、日差しや冷房の冷えからもしっかり守ってくれるカーディガン。これから暑くなる季節に持っておきたい、心強い1枚です。
主人公の柑は郊外の大きな家で一人暮らしをしている。人との付き合いを断ち、朝は自分で食事を作り、家を掃除し、勤め先の古本屋に出かけるという同じ毎日を繰り返している。柑には、幼少の頃に不慮の事故で母を死なせてしまったという経歴がある。幼かったので記憶には残っていない……。
『レテの汀』はこうして始まる。
物語はどのように生まれたのか? 作者の雛倉さりえさんに訊くと。
「ヒントになったのは、数年前にアメリカで起きた事故でした。当時2歳だった男の子が誤って撃った銃弾が妊娠中のお母さんに命中して、母子共々亡くなってしまった。まだ自我が確立してない時に起きてしまった事故で、罪とも呼べない罪の当事者となってしまったら、その後の人生でどう贖えばいいのか? 本作の主人公と一緒に自分も考えてみたいと思いました」
柑の母、砂川亜紀は高名な画家だった。出身は沖縄県の与那国島で、母の記念美術館がある。これまで一度も訪れなかった島に旅を決意したのは、柑が、母が自分を産んだ33歳になろうとしていたからだ。そして、その旅に小学校6年生の甥の伊吹がついていくと言い出し、物語は大きく動きだす。
傷を癒やすのではなく、傷のそばにいてくれる神
伊吹は登校拒否児童だった。まともに口も利いたことのない甥っ子だが、一緒にいると要領がよく、気遣いもでき、とてもいい子だ。
2人は旅先でエンマというイタリアにルーツを持つ女性と出会い親交を深める。そして柑の罪の告白にエンマは“インマヌエル”というキリスト教の言葉を教える。
「ヘブライ語で同行する神、という意味です。傷を癒やすのではなく、傷のそばにいる神。どんなつらいことがあっても隣にいてくれる」
雛倉さんは4年前に一度体調を壊した。中学生の頃に小説家になることを夢見て、16歳で文学賞公募の最終候補に選ばれ、大学1年生でデビュー。順調とも思える経歴はむしろ雛倉さんを追い詰めた。
「気がつくと生活も人間関係も生きるすべてが小説を最優先する荒れた日々となっていました。願いは叶ったけど、原稿依頼はいつ途切れるかわからないし、書けない時間も続いた。そうして病んでしまい、実家で1年静養しました」
その後、一人暮らしを再開。食事を作り、規則正しい生活を取り戻し、小説ではなく健康を最優先すると決め、心が楽になった。
「柑が日々判で押したようなルーティンを営むのは、その凪いだ生活がセルフケアとして機能しているから。小説だって健康を損ねてしまえば、長く書き続けられない」
母の美術館を訪ねる柑の旅路は、彼の心にどんな作用をもたらすのか? そして、伊吹はなぜ学校に行かなくなったのか?──
ふと、雛倉さんにとってのインマヌエルは何ですか?と尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「部屋にある小説の本棚です。小説は自分には大事なもの。だから今は、楽しんで書くと決めました」
『クロワッサン』1165号より
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