俳優・前田吟さん、幸子さん夫婦が、初めて犬を迎え入れた私たちの“大きな変化”
撮影・天日恵美子 文・黒澤 彩
俳優・前田吟さん(81歳)、幸子さん(77歳)×パト(14歳)
「パトは2011年2月、福島生まれ。生後まもなく被災して、引き取り手が見つからずにいた子なんです。誕生日が私と1日違いだというから、なにか特別な縁を感じてこの子に決めました」
愛犬パトくんとの出合いについて、こう語ってくれた前田吟さん。東日本大震災に大きなショックを受け、俳優の仕事も一時的に止まって気持ちが沈んでいたときに、被災地に行き場のない犬たちがいることを知り、迎えようと決めた。前田さんは当時67歳。小型犬のチワワなら飼いやすく、長く闘病していた前妻の心の支えになるのではないかとの思いもあったという。
「前の妻は亡くなってしまったけど、パトはこんなに元気でいてくれます。何歳になってもやんちゃでね。今の家に引っ越してからの散歩コースもすぐに覚えて、私のことを引っ張っていくくらい。『ボクのほうが道を知ってるんだ』とでも言いたげです。よく吠えるし、手を出すと噛むから皆さんも気をつけて。なにしろ私が犬を飼うのが初めてだったものだから、仔犬のうちに躾というかトレーニングをしなければいけないということを知らなかったんですよ。そこは反省です」
現在は、そんなやんちゃなパトくんと、3年ほど前に再婚した歌手の幸子さんとの3人暮らし。80歳を目前にしての結婚は“シニア婚”としてちょっとした話題にもなった。
「さっちゃんとの馴れ初めは、もういろんなところで話してるからなぁ。まあ、私の一目惚れですよ。結婚してほしいと猛アタックしているときはパトのことすっかり忘れていて、いざ一緒に暮らすってなったときに、あ、まずい! うちにはパトがいるんだった!って、思い出したんです」
もしも彼女が犬が苦手だったらどうしようかと青ざめたものの、それは杞憂だった。幸子さんは、大の動物好きだったのだ。
「私も故郷の福島県いわき市で被災して、東京に避難したひとりです。だから前田さんと結婚して、同郷のパトと暮らすことになって、とても不思議なご縁だと思っています」と幸子さん。パトくんはすっかり幸子さんに懐いているようで、ぴたりと隣に座って離れようとしない。
「私がパパ(前田さん)の愚痴をこぼすと、こうやって小首をかしげて聞いてくれるの。かわいいでしょう?」
ゴルフよりも家族旅行。思い出を積み重ねていく
3人が本当の家族になれたと感じた事件があった。
「一緒に暮らし始めて1カ月くらいの頃、さっちゃんが私の好物のガーリックステーキを焼いてくれたときに、パトがニンニクを食べちゃったんです。犬がネギやニンニクを食べたら中毒を起こして命を落とすこともあります。病院に駆け込んで無事でしたが、そのとき、さっちゃんが涙を流していたんです。ああ、この人はこんなにパトを大切に思ってくれるんだなと、私たち3人の絆が深まった出来事でした」
最近はどこへ行くにも3人一緒。スーパーでゆっくり時間をかけて買い物する幸子さんを店の前で待つ前田さんとパトくんの姿は、ご近所名物になっているとか、いないとか。ゴルフが趣味だった前田さんだが、パトくんを連れていけないからと次第に足が遠のき、セカンドハウスのあるいわきなどで過ごす時間が増えた。
「私もさっちゃんも旅行好きだけど、パトと一緒に行けるところを探すようになりましたね。この子はいわきの海辺を走り回っているときが一番楽しそう。やっぱり故郷がいいのかな」
パトくんが強く結んでくれた縁は、お互いに子育てを終えた前田さん夫婦が、心穏やかに、でもいきいきと老後を楽しむために選びとったもの。何歳からでも、新しい一歩は踏み出せる。
『クロワッサン』1140号より
広告