お菓子研究家・福田里香さんの「新しいバターの食べ方」付き!カルピスバターがプロに支持される理由。
撮影・青木和義 料理&スタイリング・福田里香 文・三浦天紗子
ますます加速している高級バターブーム。そのトレンドを牽引してきたひとつが、〈幻のバター〉としてひっぱりだこだった「カルピス(株)特撰バター」(以下、カルピスバター)でした。お菓子研究家の福田里香さんが提案する新しいバターの食べ方を楽しみながら、カルピスバターが支持される理由を探ります。
福田里香さん(以下、福田) カルピスバターの大ファンなんです。知る前はバターでお菓子の味がこんなにも違うとは思っていませんでした。カルピスバターはそれ自体が滋味な上に、バターと混ぜた素材の味を底上げしてくれるのが魅力。数年前からレシピ監修をしているクッキー缶があるのですがカルピスバターを使ってます。「使うバターはどれにしようか」と試作を繰り返していたとき、やっぱりカルピスバターにしようとなったんですね。材料費はほかの市販品を使うより確かに張るのですが、味が違う。
カルピス企画部・野村典子さん(以下、野村) ありがとうございます。おかげさまで、「うちの美味しさを出すには、カルピスバターから変えられない」とおっしゃってくださるパティシエやシェフの方々がとても多いです。
福田 洋菓子って結局、バターで決まるところがあるんですよね。あと粉。家庭向けに考えるレシピだとそこまで材料を縛れませんが、プロであれば、バターなら何でもいいんだろうというわけにもいかなくて。職人の支持層が厚いですよね。
野村 「カルピスバターのトーストに慣れてしまうと浮気できなくなる」とおっしゃってくださる一般のお客様もとても多いです。
自社の生乳の副産物として良質なバターが生まれた。
福田 もともと、御社はなぜ飲料のカルピスだけではなくて、バターも作り始めたのですか。
野村 カルピスは、生乳からクリーム、つまり脂肪分を取り除いて乳酸菌などを加えて、発酵させて作るんですね。製造過程でどうしても生乳から分離させた乳脂肪ができます。弊社では、原料の生乳を直接仕入れており、乳業業界さんと持ちつ持たれつの関係にあるので、基本的に牛乳をすべて使い切りたいという思いがあったんです。試しにバターを作ってみたら良質なものができた。それでホテルやプロユースの方に持って行ったら愛用してくださるようになって。
福田 じゃあ業務用が先なんですね。
野村 はい。その後に、美味しいもの情報に敏感な消費者の方々からの「プロ仕様のバターを食べてみたい」という声に応えて、一般販売が始まったんです。ただ、バターはカルピスの副産物としてしか作られていなかったので、バターのメーカーみたいにたくさんは製造できなかったんですね。
福田 そうか、カルピスが売れないとバターのための原料がない……。
野村 いまは多少調整もしているのですが、それで稀少性も高くなっていたところもあります。
福田 「幻の」と言われていましたよね。御社のバターは、ミルクの香りがふわっと漂うのにあっさりしていますよね。何か製造の秘密があると思うんです。お聞かせください。
野村 特撰バターは、バターミルクでウォッシュをかけています。クリームからバターを作った後に残る液体がバターミルクです。一般のバターは水洗いをしているんです。
福田 でもカルピスバターは、冷水ではなくバターミルクで洗っていると。
野村 そうです。バターミルクを使うことが効率的にどうなのかはわからないんですけれど、ミルクの風味が飛ばなくていいのだろうと思います。
[知っておきたいカルピスバターの歴史。]
カルピスバターは当初、業務用として発売された。
1942年の販売開始以来、フレンチのトップシェフたちから絶賛され、その後、1981年からは「カルピス(株)特撰バター」として一般向けにも販売されるように。
カルピスの原料となる生乳は、自社工場がある群馬や岡山の、工場周辺の牧場から独自ルートで集める。その製造工程で生まれる乳脂肪分がバターになる。豊かな風味と稀少性で〈幻のバター〉との称号も。
日本の食材に合うのは日本のバターかも。
福田 色の白さも特徴ですよね。
野村 カルピスの工場は本州にしかなくて、北海道の牛は主に牧草を食べているのに対し、本州の牛は飼料なんですよね。すると出す乳の脂肪分も白くなるんですよ。
福田 その白さがミルクを連想させて、美味しく感じるのかな。しかも、あっさりしているから、日本の料理やお菓子作りにも合うというか。
野村 日本は、野菜の味とかも淡いんですよね。
福田 よく言われる。海外に行くと濃い……という言い方でいいのかはさておき、日本は土とか雨の多さで味が淡白になると。別に育て方が悪いとかではなくて、土地、風土の特徴ですよね。いまは牛乳もバターもブランド花盛りで、それぞれに持ち味や美味しさがあると思うんですが、カルピスバターは実はかなり日本的な味とも言える。海外に持っていくと驚かれるかも。
野村 うちのバターは素材の味を邪魔しない、と言ってくださる方がたくさんいて。バター味って強すぎるとくどく感じることがありますよね。日本はやはり素材をとても大事にする国だと思うので、そういう意味で確かに、カルピスバターはお互いを引き立て合う使い方に合っているのかな、と私も思います。
福田 きょうは、カルピスバターを使って、温度差をつけたアレンジでバターの新しい美味しさを提案できたらなと思っています。
温度で変わる味わいを楽しむ、新しいバターの食べ方4選。
冷凍の有塩バター
塊をピーラーで削って、フィナンシェにトッピング。お好みでスパイスも。口の中で溶けていくにつれて、バターの風味が鼻に抜ける。
フローズンバターのフィナンシェ
【材料(1人分)】
市販のフィナンシェ 1個
冷凍の有塩バター 適量
黒胡椒 適宜
カルダモンパウダー 適宜
【作り方】
器にのせたフィナンシェに冷凍した有塩バターをピーラーで削りかける。黒胡椒やカルダモンパウダーは好みで。
冷蔵の無塩バター
ミルクのコクを存分に味わうために、食塩不使用がおすすめ。市販の最中の皮も、あんことバターの間にフルーツを挟めば湿気にくい。
チェリーとあんバターの最中サンド
【材料(1人分)】
冷蔵の無塩バター 5cm角×厚さ4mm
市販の最中の皮 1セット
あんこ 大さじ2
アメリカンチェリー 2粒(白桃2切れでも)
【作り方】
1.最中の皮に好みのあんこ(写真は粒あん)を詰める。
2.あんこの上に半分に切って種を除いたアメリカンチェリーを、切り口を上にしてのせる。
3.冷蔵庫で冷やしたバターをのせ、最中の皮をかぶせる。
常温の有塩バター
常温にしたバターを、カッティングボードにたっぷり塗り、その上に好きな具材をトッピング。デザート風にもおつまみっぽくも作れる。
ハーブとナッツのバターボード
【材料(作りやすい分量)】
常温の有塩バター 200g
ミント、タイム、パセリ、イタリアンパセリ 各適量
素煎りのミックスナッツ 10~20g
炒りごま 小さじ2
赤唐辛子 少々
パン 適宜
【作り方】
1.常温でクリーム状にしたバターをゴムべらの先ですくい、ウッドボードに塗る。これを繰り返し、へらの塗り跡をつけながらボードの全面にバターを塗る。
2.ハーブ類とナッツ、赤唐辛子をそれぞれ別に粗みじんに刻み、ごまとともに1に散らす。食べやすい大きさにスライスしたパンを添える。
ホイップした無塩バター
常温に戻してから泡立て器でたっぷり空気を含ませることで、白っぽい仕上がりになる。サワークリームを少し加えるのが福田さん流。
山盛りサワーホイップバター
【材料(作りやすい分量)】
常温の無塩バター 200g
サワークリーム 大さじ2
レモン皮 適量
蒸したじゃがいも 適宜
岩塩 適宜
【作り方】
1.常温で柔らかくしたバターとサワークリームをボウルに入れ、ハンドミキサーで白っぽくふんわりするまで3~5分泡立てる。
2.1を器に山形に盛りつけ、グレイターで削ったレモンピールを散らす。好みで塩を振り、蒸したて熱々のじゃがいもに付けていただく。
野村 ものすごく楽しみにしてきました! どれも見た目にもすごく華やかでうっとりします。このフィナンシェ、削りかけたバターが口の中で溶けて、スパイスが香って。大人の味ですね。
福田 最近は焦がしバターの美味しさというのもバタースイーツ人気を牽引していて、フィナンシェやマドレーヌもその焦がしをテーマにしたのが増えているんですね。焦げとフローズン、2つのバターの美味しさを同時に味わってほしいなと。
野村 あんバターの最中はデザートとしての完成度がすごいです。
福田 ご家庭ではバターを冷蔵庫から出したタイミング、つまりコールドの状態で食べるのがいちばん多いですよね。それをアレンジしてみました。
温度差で生まれる変幻自在の美味しさ。
野村 あんこの甘さとバターのコク、そこにフルーツのみずみずしさや季節感が加わるので、さらに味が多層になるという。ホントに美味しい。
福田 基本的にバターは生クリームとほぼ一緒の原材料なので、生クリームと一緒にケーキに使うものはだいたい合うと思うんですよ。いまだとアメリカンチェリーや桃、秋になったらイチジクや洋梨もおすすめです。常温は、バターボードで。近年欧米を中心に人気を博していて、いまインスタグラムやTikTokで、数多くアップされていますね。昔からチーズボードってありますよね。いろいろな種類のチーズやハムやドライフルーツなどを盛りつけてサーブする。それを常温にしたバターをボードに塗りつけて、ナッツやハーブなどをトッピングして、パンやクラッカーあるいはスティック野菜などといただくスタイルです。
野村 このホイップしたバターは、すごく迫力あります。レモンやサワークリームの風味でいくらでもいけそう。
福田 デンマークのコペンハーゲンにある『アトリエ・セプテンバー』というカフェが、ガストロノミーの世界でたいへんな脚光を浴びていて。北欧を代表するレストラン『ノーマ』の創業者と同じ師匠の下で修業したオーナーシェフが腕を振るうのですが、シンプルで美味しい朝食が大人気。こういうホイップドしたバターがどーんと出てくる朝食なんです。
野村 ピーラーを使ったり、ボードに塗りつけたり、形態の変え方がすごく面白かったなと思いました。バターってこんなふうにも変化させられるんだと思うと、バターの可能性が広がります。メーカーとしても個人としても、うれしくなりますね。
※カルピスはアサヒ飲料株式会社の登録商標です。
『クロワッサン』1120号より