くらし

安齋肇さんと塩谷朋之さんが語り合う、アートとしての看板の魅力や面白さ。

二次元のボードにあらわした絵や文字で、情報やメッセージを与える看板。
その面白がり方を、二人に聞きました。
  • 撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子 構成・堀越和幸
穴の隙間をきれいに埋められるとハマってる気持ちよさを感じます。(顔ハメ看板ニスト 塩谷朋之さん ・左)穴を見つけたらハマってくれる、それは作り手としてうれしいね。(イラストレーター、アートディレクター 安齋肇さん・右)

巷にあふれるさまざまな看板。そのアートとしての魅力や面白さとは? これまで数々の看板や宣伝物を手がけてきたイラストレーターの安齋肇さんと、顔ハメ看板写真を撮り続けて約20年、4800枚ほどの看板に「ハマって」きた塩谷朋之さんが語り合った。

2010〜2011年に東京ドームシティで行われた〈安齋肇 新春ラッキーピョンピョン祭〉での顔ハメ看板にハマった塩谷さん。「これ以外に2種類あった看板にももちろんハマりました」

塩谷朋之さん(以下、塩谷) 僕、前に安齋さんが作った新春イベントでの顔ハメ看板で写真を撮ってるんです(上の写真)。こっちは安齋さんの監督映画『変態だ』の時ですね(下の写真)。

安齋肇さん(以下、安齋) わあ、ハメてくれてたんだ。作った甲斐があったなあ。塩谷さんは顔ハメ看板があると聞けば行っちゃうんですか?

塩谷 期間限定のものもあるので、なるべく行くようにしてますね。街中でいつ出合ってもいいように、バッグには常にカメラと三脚を忍ばせてます。

安齋 三脚を立てて自撮りしてるんだ。大変な趣味だなあ。でも、顔ハメの上手な人と下手な人っていますよね。

塩谷 そうですね。手とか体が出ちゃったらだめですね。

安齋 あ、それはペナルティなんだ。

安齋さんが監督した2016年の映画『変態だ』の顔ハメ看板にハマる塩谷さん。これは絶対にハマりたいと思ったそう。「今まで見た中で一番のハマり具合かも」と安齋さんも絶賛。

塩谷 顔だけ出ていて、看板の後ろはどうなってるんだろうって想像させるのが面白いなと。基本は中腰で撮影してて、幅が細い場合は体を横にしてはみ出ないようにしますし、背が低い看板の場合は匍匐前進みたいな体勢に。いかに体が出ないようにハマるかが肝なので、小さい看板を見つけると挑戦状を受け取ったみたいでうれしいですね。

安齋 「これにハマれるのか!?」みたいなね。あと、顔を入れる穴の部分が小さいのと大きいものといろいろあるじゃない。穴が大きいと隙間ができそうだけど、これはどうなの?

塩谷 隙間は、やっぱりなくしたいですよね。隙間がないと「ハマってる」という安定感があるので。逆に小さすぎても、今度はちゃんとハマれてるのかどうか不安になるんです。

安齋 あまりに小さいと、ハメてるというよりは、穴からのぞいてる感じになっちゃうもんね。そうか、プロはぴったりハマりたいんだ。

1つでも、2つ以上でも。穴があいていればハマりたい。

安齋 常に真顔でハマってるけど、顔ハメは真顔がいいの?

塩谷 主役は看板なので、僕はいつも同じ表情で撮るようにしています。あとは、看板全体を入れて正面から撮るようにしてますね。

安齋 確かに、どこに立っているのかも含めての面白さだもんね。塩谷さんも撮ってくれた新春イベントの看板を作った時、「なぜ人は顔をハメるのか?」というのはすごく考えたんですよ。
目立ちたいからかなと思って、顔だけ目立つのを作った。でもやっぱりキャラクターになりたいのかなって思って、うさぎの顔の部分に穴を開けたパターン、それともモノになりたいのかなと思って鏡餅の中にハマれるようにしたパターンと、合計3種類作ったの。

塩谷 僕はその3パターンとも写真を撮ったんですが、正直言ってその違いはあまり考えてなかったです。僕としては、穴があいてればハマるので……。

あいてる穴が多いと看板の後ろで人がギュウギュウになりそう。

安齋 あいてればハマるんだ(笑)。常に穴を探して歩いてるんだね。

塩谷 穴が複数あいてる看板もあるんですけど、あいてる穴は埋めたくなるんです。一人で来てる場合は、近くにいる人に声をかけて一緒にハマってもらいます。大抵の人は快くハマってくれるんですよ。前に6つ穴があいてる看板があったんですけど、埋まった時はうれしかったですね。

安齋 穴が6つもあると、看板の後ろはギュウギュウになりそう。

塩谷 そう、そこも楽しいポイントなんです。ハマる人同士でコミュニケーションが生まれるんですよ。

安齋 僕、昔は顔ハメって苦手だったの。なんか恥ずかしくて。妻も僕と同じく自意識過剰だから夫婦でやらなかったんだけど、ある時、妻が旅先でテンションが上がったのか、鳥羽水族館の顔ハメにハマってね。それがすごくいい顔で、見たらなんか悔しくなって。それで僕もやるようになったの。

塩谷 悔しくなったんですね(笑)。

安齋 国技館に置いてある、遠藤関に抱っこされる顔ハメもしたことがあります(下の写真)。その時思ったのは、外国人はあんまり顔ハメしてないなってこと。海外では馴染みがないのかな。

安齋さんが両国国技館で撮った、遠藤関との顔ハメ看板。「なんかすごい写真になっちゃった」

塩谷 前に調べてみたら、顔ハメ看板は世界中にあるみたいです。そもそも19世紀のヨーロッパ発祥だと聞いたこともあります。今は圧倒的に日本が多いみたいですけどね。ちなみにコロナの時は、オランダのワクチン接種会場に置いてあるのをネットで見ました。

安齋 瞬間的に別の世界に入れるところが、世界中で人気の理由なのかな。

塩谷 しかも着替えたりしなくていいので楽ですよね。あとは言葉がいらないというか、穴があいているだけで何をすればいいのかが誰でも分かるっていうところがいいなと思います。

安齋さんの歌「ホャホャラー」では被り物、絵本『WASIMO』では着ぐるみを制作。顔ハメ看板の制作が待たれる。

顔ハメ看板にはおもてなしの心が詰まっている。

安齋 塩谷さんはそもそもどうして顔ハメ看板にハマったの?

塩谷 昔から観光地で見つければ写真を撮る程度のことはしていたんです。ある時ビニールハウスの中に捨てられてる顔ハメ看板を見つけて、撮らせてほしいってお店の人にお願いしたら、最初は断られたんですけど、諦めきれずに頼んだら結局出してきてくれて。

安齋 諦めきれずに(笑)。

塩谷 撮り終わって元に戻そうとしたら「そんなに熱心な人もいるならまた外に出しておこう」って言ってくれたんです。宇宙飛行士の看板だったんですが、お店とは全然関係ないし、何の宣伝も書いていなくて。人を喜ばせるためだけにこんなに面倒くさいものを作るのってすごいなと。

塩谷さんが刊行中の、各都道府県の顔ハメ看板を紹介する『顔ハメ百景』の看板にハマる2人。「向こう側からどんなふうに見えてるのかが不安になるなあ」と安齋さん。

安齋 なるほど、本来看板って宣伝が目的だけど、顔ハメってほとんどがおもてなしだもんね。20年近くハマってきた塩谷さんから見て、顔ハメ看板の未来はどうなると思う?

塩谷 今も時々目新しいものが登場するんです。顔の写真を撮ってそれを画像に入れ込むデジタル顔ハメ看板とか。でも、やってみたけれど一つも面白くないんです。日本各地にわざわざ行くとか、中腰になるとか、苦しいからこその魅力があるわけで。

安齋 いわゆる実存主義的な意義があるわけなんですね。

塩谷 どんなに新しい要素が出てきても、この原始的な顔ハメ看板は絶対になくならないと思いますね。

安齋 塩谷さんの哲学を聞いていると、僕も顔ハメ看板から体がはみ出さないように、真摯に向き合っていこうと心を新たにしました。ハメてくれる人がいる限り、僕も顔ハメ看板をどんどん作りたいと思います。もう僕もすっかりハマっちゃいましたよ。

一緒にハマる人たちの間の コミュニケーションも醍醐味の一つなんです。

塩谷さんがハマった看板の、ほんの一部。

記念すべき顔ハメ看板写真1枚目は静岡県の熱川温泉にて。「看板全体を撮っていないなど、まだ方針が定まっていない頃です」

3000枚目の時は「実はテレビ取材を受けていて横から撮影されていたんですが、僕はいつもどおりに真顔でハマってました」。

4000枚目は青森県の浅虫温泉。「2人の女性の顔が開閉式なので、どちらの顔にもハマれるし、2人で一緒にもハマれます」

「これは傑作」と安齋さんが評した栃木県の洞窟内にある酒蔵での1枚。「場所を含めての顔ハメ看板だと実感する1枚ですね」

緊迫感あふれるストーリーの中、「真顔でハマってるのがいいよね」と安齋さん。岩手県のえさし郷土文化館で撮った1枚。

警察署内に置かれていた子ども警察官。必死で体を小さくしてハマった。「周りでは警察官が盗難などの深刻な話をしてましたね」

大好きな写真家、海野和男さんの写真展にて。「威嚇しているマルムネカレハカマキリです。穴の位置に意表を突かれました」

青果店の陳列台に顔と手をハメる穴があいているという珍しい物件。「中がものすごく狭く、寝転がって苦労して撮りました」

安齋肇

安齋肇 さん (あんざい・はじめ)

イラストレーター、アートディレクター

JAL「リゾッチャ」のキャラクターデザインをはじめ、数多くの作品を手がける。TV出演など、幅広く活躍中。この秋、ドラマー・古田たかしさんとのバンド「ANZAIFURUTA」にてCDデビュー。

塩谷朋之

塩谷朋之 さん (しおや・ともゆき)

顔ハメ看板ニスト

会社勤めのかたわら、全国各地の顔ハメ看板を撮影、X(旧ツイッター/@shioya20)などで紹介中。著書に『顔ハメ看板ハマり道』(自由国民社)など。

『クロワッサン』1101号より

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