『みずのした』著者、中川正子さんインタビュー。「今やっていることに等身大の自信が持てた」
「今やっていることに等身大の自信が持てた」
美しい光を捉え、透き通るような独自の空気感で世界を切り取る写真家の中川正子さん。50歳の節目に初のエッセイ『みずのした』を上梓した。写真を撮るかたわら、ブログやSNSで書き留めてきた日記から、記憶に強く残る17篇を選び、過去を振り返りながら、今の私が昔の私に語りかける往復書簡。
「10年くらい前から、写真家としてコラムを書く機会が増えました。でもそろそろ本腰を入れてやってみたい、自分が思い切り書いたらどういうものが書けるのか見てみたいという気持ちがありました」
震災を機に東京から岡山に移住し、育児をしながら仕事のために東京に通う日々。これまで築いた居場所を失いたくないという猛烈な焦り。それでも以前のようにいかない苛立ち。必死な姿や渦巻く感情がありありと描かれる。そんな自身の姿があるものと重なった。
「倉敷を訪れた際、白鳥が水路を豪速で往復していて。必死で健気な姿が、自分のように見えました。私も人から見えない水面下でもがいてジタバタしてきた。滑稽な姿ではあるけれど、そこから得たものもたくさんある。そんな私の“みずのした”を書こうと思いました」
そのとき思わずシャッターを切った白鳥が本のカバーを飾っている。
岡山への移住をはじめ、流産や友人の死、留学など、大きな転機や悲しい過去も綴られている。記憶をたぐり、当時の気持ちを見つめ直すのは、痛みを伴う行為だった。
「終わったと思っていた傷なのに、かさぶたを剥がしたらびゃっと血が出るような感覚で。私は大変なことでも、早々にいいことだったと、明るいラベルを貼って仕舞っちゃうところがあって。悲しみやしんどさと充分に向き合っていなかったことに気づきました」
もう待つのではなく、自分で作ろうと思った。
自費出版で写真集を出し、オンラインストアを立ち上げ、岡山にアトリエを構え、移住後の中川さんは自らの手で足場を築いてきた。
「岡山に越して、東京での仕事が減ったときに、ゼロから岡山にライブハウスやカフェを作った人たちに出会いました。自発的に動く彼らの勇敢さに圧倒されて、私も仕事を待っていたり、同じ居場所を掴み直しにいくのではなく、自分で作ってみようと思いました」
12年前、ほかの人には撮れないものを撮るという決意のもと、肩書きをフォトグラファーから「写真家」とした。そして周りに評価してもらうことを何より求めていた中川さんが、自分の中に軸を置き、何をしたいのかを探すようになった変化がこの本で見て取れる。
「ただ、今は肩書きで自分を追い込まなくても、“写真を撮ってる人”でいい(笑)。私は私ができることをしっかりやっているという等身大の自信が持てたのだと思います」
読みながら、中川さんの経験を通して、自分の過去の記憶が立ち上がるような不思議な感覚になる。
「私が私と対話する様を通して、読者の方も、自身を見つめ、認めるきっかけになればうれしいです」
『クロワッサン』1118号より
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