文房具好きの木下綾乃さんがコクヨを訪問、進化を続ける文房具を語り合う
進化を続けるその世界を覗いてみました。
撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子
近年、文房具が熱いブームになっている。その魅力をあらためてひもとくのは、文房具好きとしても知られるイラストレーターの木下綾乃さんと、老舗文具メーカー、コクヨで体験デザインに携わる三上由貴さん。東京・品川にあるコクヨのオフィス「THE CAMPUS」内のショップで、さまざまな文房具を見ながら語り合った。
木下綾乃さん(以下、木下) 使いやすそうで素敵な文房具がたくさんありますね。私が文房具にハマったのは20年ほど前なんですが、当時はチェコや東欧など、ヨーロッパの筆記具が好きで少しずつ集めていました。でも最近は、日本にも可愛いものがすごく増えたなという印象があります。
三上由貴さん(以下、三上) 私がコクヨに入社したのもちょうど20年近く前です。その頃は、文房具にどれだけ面白い機能を持たせられるかが重視されていたように思います。今は商品そのものを愛でたり集めたり、ストーリーを味わったりする動きが高まっている気がします。木下さんは「測量野帳(そくりょうやちょう)」(下写真)ってご存じですか?
木下 使ったことがあります。定番の緑の表紙のものだったかと。
三上 もともとは測量士のために作られたノートで、ポケットに入れられるサイズや、立ったまま書ける硬い表紙が特徴。ここ10年ほど、一般の方の間でも人気が高まっているんです。
木下 このサイズ感がいいんですよね。
三上 使いやすいからと、趣味や旅の記録として使う方もいるし、最近は定番品以外にさまざまな色やデザインの表紙のものが出ていて、コレクションしている方もいます。マスキングテープも、自動車の塗装の際に使われるものだったのが、今ではたくさんの柄が出ていて、集めている方もいる。もはや一つの文化になっていますよね。
木下 もともと作った人たちは、これが可愛いもの、集めたくなるものになるなんて想像もしていなかったでしょうね。
三上 プロユースならではの機能性と、ちょっとした遊び心が一般の方にも受けたのかもしれません。デジタル化が進む中で、逆に「書くこと」に回帰する動きもあって、それも紙もの文化の発展につながっている気がします。
「ここまでする!?」と思うほど作り込まれている日本の文房具。
木下 私は手紙を出すのが好きで、便箋やカードなどもたくさん持っているんです。子どもが描いた絵で封筒を作ったり、そこにマスキングテープやシールを貼ったり。自分の手で作る喜びは確かにありますね。紙を触っているだけで楽しいし、「モノ」としてのよさというのはあると思います。
三上 文房具って、体にすごく近い日用品ですよね。手に馴染むものだし、親しみやすい。でもこんなにさりげないのに、実はものすごいこだわりや技術が詰まっている。まるで小宇宙みたいな存在だなあと思うんです。
木下 確かに「ここまでする!?」と思うくらい細やかな配慮がされているものが多いですよね。前から「ドットライナー」(下)というテープのりを愛用しているんですが、のり面がドット状になっているのでキレがすごくよくて、止めたいところでピタッと止められるのが本当にすごい!
三上 ドット状でも接着力が落ちないよう、ひとつの点に頑張ってのりをなるべく多く積んでいるんですよ。しかも、封筒用、小さな紙用など、用途別に十数種類のラインナップがあります。
木下 最近、昔よりドットが密になっている気が……。日々改良を重ねているんでしょうね。あと、マスキングテープにつけられるクリップタイプのテープカッター(下)も切れ味がよくて、一度使ったらもう手放せません。
三上 テープカッターも肉眼では見えないほど細かい特殊加工をした刃を使っているから軽い力で切れる。日本の文房具ってやり過ぎなくらい作り込んでいるものが多くて、そこがファンの心をくすぐるのかもしれないですね。
木下 ここ最近、文房具市場でよく売れているのはどんなものなんですか?
三上 コロナ禍で家時間が増えたこともあり、カラーペンなどの画材や筆記具は好調です。描いたイラストなどをSNSに投稿する人が増えているので、それも後押ししているんだと思います。
木下 面白いペンやマーカーも増えていそうです。
三上 「ビートルティップ」(下)というマーカーは、一つのペン先で太い線と細い線と二重線の3種類が描けるんです。
木下 そのペンは気になってました。私、文房具はシンプルで質実剛健なもの、もしくはおもちゃっぽいような、面白いギミックがあるものが好きなんです。これはまさに後者ですね。
三上 「PASTA(パスタ)」(下)というマーカーも人気です。
木下 口紅みたいに繰り出して使うんですね。可愛いし、描き心地もいい。
三上 日本の筆記具は、ヨーロッパやアジアなど、世界市場でも人気です。
三上 さらに最近、筆記具と紙の相性を考えたものも出たんです。「ペルパネプ」(下)というシリーズで、「ツルツル」「さらさら」「ザラザラ」の3種類の紙でノートを作って、それぞれ相性のいいペンを提案しています。
木下 (ノートに試し書きをしながら)気持ちいい! この「ツルツル」っていう紙、手触りがよくてずっと触っていたいくらい。「ザラザラ」も好きです。
三上 紙の繊維レベルまで書き心地を追求しているんです。マニアックですよね(笑)。
木下 私もイラストを描く際に「この紙じゃなくちゃ」というのがあるので、紙選びの大事さはよくわかります。
三上 書き心地というと筆記具に目がいきがちですが、紙も大事なんですよね。手に伝わる紙の凹凸やインクの滲み具合の好みはとてもパーソナルな感覚。記録をする時はこの紙がいいけれど、アイデアを広げる時はこれがいいなど、シーンによっても異なってくるのが面白いところだと思います。
アクセサリーやインテリア、アウトドア用品になるものも。
三上 最近は、文房具の枠をはみ出た商品も多いです。インテリアになるものや、アクセサリー感覚で使えるもの、アウトドアでも使えそうなものも。コクヨで出している「ハコアケ」(下)というカッター兼はさみもその一つです。キャンプで使う五徳ナイフに通じるものがありますよね。
木下 確かに、これは山に持って行って仲間に自慢したくなるかも(笑)。
三上 文房具は机の上だけにとどまらず、生活のいろんなシーンに寄り添うものなんだと思います。
木下 生活や趣味が変わると、求める文房具も変わりますよね。私も山登りを始めてから山小屋のスタンプを押すための軽くて小さいノートを探すようになったし、子どもが生まれてからは口に入れても平気なクレヨンが欲しくなりました。探してみると常に何かしら便利なものがあるんです。
三上 一方で、そうした便利なもの、暮らしをアップデートしてくれるものがまだまだ知られていない面も。
木下 多少不便なものでも、「こんなものかな」と思ってずっと使い続けている人も多そうですよね。
三上 私の仕事は商品の売り場をデザインすることなんですが、常に考えているのは、文房具の魅力に出合うきっかけを提供したいなということ。この「THE CAMPUS」のショップでも、商品をジャンルごとに置くというより、マーケットのようにあえて混在させて並べたり、文房具を自由に試せるようコーナーを作ったりして、お店に来た方に楽しんでもらえるようにしています。羽田空港第3ターミナル駅直結の施設にある直営店には、文房具の自販機があるんですよ。
木下 文房具の自販機? 楽しそう。
三上 中に何が入っているかわからないシークレットセットという商品も買えるんです。そういうワクワクする体験も含めて、文房具の面白さや奥深さを伝えていきたいですね。
KOKUYODOORS
THE CAMPUS SHOP
木下 私は海外に行くと文房具をお土産に買うことが多いんですが、日本の文房具も海外からの旅行者の間で人気は高いんですか?
三上 年々高まっています。羽田空港のお店でも商品の使い心地を試されて「アメイジング!」っていう声も聞こえてきます。日本の文房具の魅力をこれからもっと世界に発信していきたいです。
木下 のりテープやはさみなど、もう進化しきっていたと思っていたものでも、さらに進化し続けていますしね。今日の三上さんのお話を聞いて、ますます文房具が愛おしくなりました。価格が手頃だから少しずつ集めるのも楽しいし、買った時の思い出も含めて、目に入るたびにうれしい気持ちになる。さりげないけれど日常を彩ってくれるもの、それが文房具なんだと思います。
三上 毎日使い込むことで、さらに魅力が増していく部分もきっとあるはず。しかもいつも身近にあるのに、実はすごく奥深くて働き者。そのギャップや健気さがまたいいんですよね。
『クロワッサン』1105号より