くらし

『列』著者、中村文則さんインタビュー。「人はなぜ列に並ぶのか?」

  • 撮影・青木和義 文・堀越和幸

「人はなぜ列に並ぶのか?」

中村文則(なかむら・ふみのり)さん●1977年、愛知県生まれ。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。’04年『遮光』で野間文芸新人賞、’05年『土の中の子供』で芥川賞、’10年に『掏摸』で大江健三郎賞を受賞。他の著書に『教団X』『R帝国』『カード師』などが。

主人公の私は列に並んでいる。

列は真っ直ぐ続いていて、先頭が見えない。最後尾も見えない。そして、何の目的で私がこの列に並んでいるかさえわからない。

これは中村文則さんの新作『列』の冒頭部だ。どんなことがきっかけで、この小説を書いたのか?

「列に並ぶ、というアイデアが浮かんだ時に、それって非常に人間的な行為だし、これだけで“現代”を表せるのではと思いました」

前が脱落して一歩でも先に進むと私は心の底からうれしい。後続がいなければ列に価値はない。隣の列がどんどん前に進むのにうちの列はなぜじっと動かないのか……。

「自分の幸福に自信がない時、人は他人から羨ましがってもらってその幸福を補強するようなところがある。特に今はSNS時代で、人類史上最も人と比べ合うことをしている時代のような気がします。行列に並ぶということは、何かいいことがないかを待つことだけど、少しでも人よりも前に行きたいという、人間の競い合う本能を象徴している行為であるとも思う」

限られたものを奪い合う社会。

主人公の私は動物の研究者だ。野生の猿の追いかけ観察調査を重ねながら、他者より優れた論文を書きたいと思っている。作品では、人間と対比させるように、猿の生態や行動原理についてが詳述される。そもそも猿は周囲を気にする。それによって、危険を察知したり、餌を探すこともできる。

「人間にもその本能がある。ニホンザルにはよくボスがいて他を統率しているイメージがあるけれど、それは動物園などの人工的な餌場がある時だけだそうです。自然界にいる時はそんな序列もないし、必要以上に競い合ったりもしない。もっと楽に生きています」

ということであれば、人間がここまで過度に他者と比べ合うのはやっぱり社会に原因があるのではないか。もっと言うなら、人間は限られたものを奪い合う社会を生かされているのではないか。

列に並ぶ私は折に触れて地面に書かれた“楽しくあれ”という言葉を目にしなければならないーー。

「最初は皮肉的ですが、最後には主人公の中にこの言葉が自然と落ちてゆきます。これはもともと原始仏教に出てくる言葉です」

中村さん自身は、40歳になるくらいまでは周りのことが気になることも多かったという。

「でもキリがないんです。で、ある時から、作家の評価なんて死んでからだろう、と思うようになりました。そうしたら急に楽になった。かといって達観したとか、そういうのではもちろんなくて」

152ページという短い作品であるのに、書き上げるのに2年半の長い時間を費やした。
「書いては寝かせて、読み返す、の連続でした。今でもきっと僕は列に並んでいる。けれども一度立ち止まって考え、楽になったから、これが書けたのかもしれない」

数々の話題作を世に送り続けてきた作家の新境地に注目したい。

「君だって、列に並びたいから、並んでたんだろ?」。比べ合うこの社会で、私たちはどう生きるか? 講談社 1,540円

『クロワッサン』1113号より

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

この記事が気に入ったらいいね!&フォローしよう

SHARE

※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。

人気記事ランキング

  • 最新
  • 週間
  • 月間