くらし

『味つけはせんでええんです』著者、土井善晴さんインタビュー。「料理の哲学を通して今、私たちを救う本」

  • 撮影・安田光優 文・本庄香奈(編集部)

「料理の哲学を通して今、私たちを救う本」

土井善晴(どい・よしはる)さん●1957年、大阪生まれ。料理研究家。フランス料理、日本料理を修業したのち、1992年に「おいしいもの研究所」を設立。大学にて教授、講師も務め、「食事学」「料理学」を広く指導。著書に『一汁一菜でよいという提案』ほか多数。

「一汁一菜でよい」と提案した筆者が、その先へと思考を巡らせた “思索ノート”のような本が生まれた。料理という行為の繰り返しから獲得した、「料理とは何か」をゆうに超えた「自分とは何か」「幸せとは何か」「生きるとは何か」についての気づきを伝える一冊だ。

「『味つけはせんでええんです』。これが書き溜めてきた文章全体に通ずる観念でもありました。手抜き料理と誤解されるかもしれませんが、そうではない。日常の行為である料理は、過剰に“おいしい”を追求するものではないということ、その本質を伝えることで、心が穏やかに、落ち着くといいなという思いが込められています」

何かを食べて「おいしい!」と叫ぶテレビの中のレポーターたち、こうしなければおいしくならないのだという顔で、メディアに並ぶレシピ。そういったもので、気づけば私たちは自分自身を信じる感覚を見失っているのかもしれない。

「料理が味つけだと思いこみ、レシピに囚われると、自分の感受性も頭も使わなくなる。戦前まで料理教室に行っていた人なんて、おそらくいなかったんじゃないでしょうか。料理は『これくらいかな?』という感性を磨く絶好の機会。習わなくても、すでにあなたは体の中に、調理をする才能も美意識も持っていることを忘れないでほしい。自分で判断できないのは、自分を信じていないことと同じです。何がおいしくて、何が美しいのか。それがわかっていれば、自分で生きていけるわけです」

日常とは心配も不安もない世界。

デリバリーで届くごはんや、“おいしく”均一化された安い外食も増えた。毎日“おいしいもの”を食べようと思えば迷子になり、作ろうと思えばプレッシャーになる。

「“おいしい”を絶対主義にすれば、大抵は刺激的なもの・度を超えたものになりがち。日常は穏やかでいいのです。たまには高揚感を得られるおいしい肉を食べたとしても、それはいつもじゃない。白飯は、人間が味つけたものではなくて、自然そのものの味ですよね。快楽に依存せず、自然のおいしさをいただくのが和食の世界で、それはなんの心配もない世界なんです。少し食べて塩が足りなければ足す、いい加減半分で名人級においしくなるのだから。素材に任せるという和食の考え方を料理という行為で繰り返すことで、食事が心の秩序(よりしろ)をリセットしてくれる依代になると思っています」

哲学にまで到達する料理を通じた考察は、わかるとわからないを繰り返すかもしれない。だけど、不思議とスッと体になじむのは、私たちは生活者で、自分なりに「暮らし」を作り上げてきたから。

「私も何十年と考えてきたことですから(笑)。私は料理から離れて哲学論を語ることはしないけれど、目標としたら〈今を丁寧に生きよう〉ということだと思います。この本の言葉が何かの種となり、生活の中から気がついた時に芽が出たら、うれしいなと思います」

約2年半にわたる雑誌『ちゃぶ台』の連載を書籍化。今を生きる人々を癒やし、鼓舞する気づきが和食に通ずる哲学にある、という視点から続けた思索の軌跡。 ミシマ社 1,760円

『クロワッサン』1109号より

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