くらし

『祖母姫、ロンドンへ行く!』著者、椹野道流さんインタビュー。「祖母と旅した経験が、母のケアに役立ちました」

  • 撮影・平間 至 文・遠藤 薫(編集部)

「祖母と旅した経験が、母のケアに役立ちました」

椹野道流(ふしの・みちる)さん●兵庫県生まれ。1996年「人買奇談」で第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。また法医学者、監察医の経験を生かし「鬼籍通覧」シリーズなどのミステリも発表。ほか『最後の晩ごはん』など著書多数。

〈もうずいぶん昔の話です〉、書き出しが優しく語りかける。ワンス・アポン・ア・タイム、物語は美しい布張りの本をめくるように始まる。
本書は椹野道流さんが〈まだコムスメだった〉頃、80代の祖母と二人で英国に行った旅の記録だ。

「’90年代だと思います」(椹野さん)。正月の親戚の集まりで、英国留学中の思い出話を大人たちにせがまれた。問われるままに語ったところ、祖母が〈一生に一度でいいからイギリスに行きたい。お姫様のような旅をしてみたいわ〉と言い出した。伯父たちの手配により、その願いは実現することとなる。

高齢で持病もあるが、茶道・華道や謡(うたい)を能(よ)くし、美しく豪華なものを好む祖母のために用意されたのは、〈行き帰りは日本の航空会社のファーストクラス。宿泊はロンドン中心部の五つ星ホテル〉。出会ったCAやホテルのバトラーのプロのホスピタリティが、30年の時を経て椹野さんの記憶に蘇った。

「最近までずっと自宅で母の世話をしていたんです。最初シャキシャキしてた人がだんだんそうでなくなり、性格が尖鋭化してくる。困ったなというときに、この祖母と旅行に行ったことを思い出して、ものすごく助けになりました。母は祖母の娘ですから、尖ってくるところや気位の高さが似ているので」

〈大切なのは、お祖母様には何ができないかではなく、何をご自分でできるのかを見極めることだと思います〉。CAが語った言葉だ。

〈時間をかければできるのにできないと早急に決めつけて手を出したりするのは、結局、お相手の誇りを傷つけることに繋がりますから〉

「読者にも、介護する上での学びになると言ってくださる方がいて」

プリンセスグランマと行く豪奢なロンドン旅にうっとり。

旅における祖母のリクエストは、〈一流のデパートで買い物をして、最高のディナーを楽しみ、お友達に自慢できるような素敵なものをたくさん見たい〉。

留学時代の節約生活しか経験のない孫娘が、プロの手助けを得ながらミッションを遂行していく。その奮闘ぶりと、天然にしてスーパーポジティブな祖母姫のリアクション、その温度差が読みどころ。

疾走する筆致にのせられ、読む者は時に手に汗握り、時にニヤリとする。そしていつしか二人と一緒にハロッズ店内を回遊し、スコーンにクリームをたっぷりのせて頬張り、タキシード姿の美青年バトラーに恭しく手を取られるのだ。ああ、なんと贅沢な読みごこち。いろいろ世知辛い今こそ、こういう物語を読みたかったよ。

「本を出した時はヒヤヒヤしました。コロナ禍でみんな不自由しているし、困難を抱えておられる方も多い。昔のこととはいえ、他人の金で祖母と大名旅行した話なんて出していいのかな?と思って」

果たして寄せられた感想は、純粋に物語を愉しんだというものが多かった。「ありがたいな、と」

旅の暮らしで、祖母が孫娘を諭す人生の金言も味わい深い。美味しい紅茶とお菓子をお供に、ぜひ。

5泊7日の英国ロンドン旅日記。祖母が就寝した後の、〈バッドガール〉椹野さんの夜の冒険譚も愉しい。 小学館 1,760円

『クロワッサン』1102号より

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