『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』著者、済東鉄腸さんインタビュー。
撮影・中村ナリコ 文・遠藤 薫(編集部)
「語学は単純に楽しい。やめられませんね」
黒海のほとり、バルカン半島に位置する国ルーマニア。済東鉄腸さんは日本人でありながら(そして現在も一度も渡航したことがないまま)ルーマニア語で小説を書き、同国の文芸誌に意欲的に発表している。
日本人にはあまり馴染みのないルーマニア語について、済東さんはこう説明する。
「発音はボールがコロコロするような口をすぼめて話すスラブ語(ロシアに近い東欧で主に使用される言語)に近く、でも文法はイタリア語やフランス語が属するロマンス語族です。文字も近隣のウクライナやブルガリアはキリル文字なのに、ルーマニアはアルファベット」
このハイブリッドで唯一無二なところに惹かれます、と語るその口ぶりは本作の文体同様、愛とグルーブ感に満ちている。
「ルーマニア語は、本当に皮膚感覚で俺にしっくりくるんです」
周りと違う自分カッコイイ、そう堂々と宣言したい。
こういうことになった経緯は以下のとおりだ。大学生活の後半、文学と言語を愛する済東青年を襲った震災、失恋、就活の挫折と虚無。卒業後、いわゆる“引きこもり”になったが、世界との唯一の接点が映画だった。
〈映画を観ている時だけは(略)世界そのものに対する爆発的な哀しみ、破壊的な不安、静かなる怒りを忘れることができたんだよ。〉
持て余す自意識と焦りを、ブログに映画批評を書くことで昇華。〈周りと違う自分カッケェ〉と日本未公開作品を漁るうち、ルーマニア映画に出合い、魅せられた。
理解を深めるためにルーマニア語を学ぶと決めたが、日本で入手できる語学書はわずか2、3冊。Netflix作品をルーマニア語字幕でひたすら観賞して生きた言い回しを学び、フェイスブックでルーマニア人3000人に友人申請をし、わからない語彙は彼らに聞いた。
「ルーマニアは人口2000万人くらいですが、ヨーロッパじゅうに散らばっています。つながりを保つためフェイスブックがめちゃ使われる。共産主義に国が脅かされがちな東欧でよく見られる傾向」
難病を発症したこともあり、外出のしづらさが増したが、こうしてルーマニア・メタバースを構築。自宅にいながら海を超えたコミュニケーションの地平を切り開いた。その努力がさらに奇跡を呼び、ルーマニア文学史上初の、同国語で書く日本人作家として文芸誌に作品を発表。研究書にも名前が掲載される小説家になったのだ。
ちなみに済東さんが同国で発表した作品はオンライン文芸誌「Liter Nautica」で読むことができる。Tettyoの名で検索を。DeeplまたはGoogle翻訳が日本語にしてくれる。
現在、さらに言語学の興味を広げて「ルクセンブルク語とマルタ語を始めました」。
「国内で書かれている文学作品で、ルクセンブルク語で書かれているのはたった1割。もうこれは俺がやらないと、って(笑)。それがもっぱら今の野望ですね」
『クロワッサン』1098号より
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