工芸ライターの田中敦子さんに教わる、普段使いのうつわ選びのコツ。
まずは、センスのいいうつわ選びとコーディネートのレッスンから。
撮影・小川朋央 文・石飛カノ
七寸皿、耐熱皿、漆器、木…。普段使いのうつわを楽しむ。
日々の食卓に並ぶお皿や小鉢、気づけばいつも同じものばかりを使っていませんか? それはちょっともったいない話。普段使いのうつわ選びのコツを知れば、食卓の幅はぐんと広がる。工芸ライターの田中敦子さんにその極意を教えてもらおう。
「定番の限られた食器で暮らすのも、それはそれでかっこいいと思います。でも、日本には工芸作家さんがたくさんいて、彼らが作ったうつわを私たちは暮らしの中で普通に使うことができる。これってすごく豊かな楽しみですよね。それに、自分の拙い料理でも作家さんのうつわに盛ると美味しそうに見えるのでとても助けられています(笑)」
20代の頃からうつわを集め続け、現在も新たな出合いを重ねている田中さん、コロナ禍で家時間を過ごしている間、改めてうつわの見直しをしたという。若い頃に集めていたものや出番が減っていたものを棚から出してチェックしたり、食器棚の中の配置を考え直したり。
「日々の生活ではどうしても使いやすい食器に手が伸びがち。だからときどき食器棚内の配置を変えてみることはおすすめです。これもコロナ禍の自粛生活中に気づいたことですね」
普段使いで重宝しているうつわのひとつが七寸皿。料理まわりの単位には昔ながらの日本の基準がそこここに生きている。お酒の一升、お米の1合、そして七寸=直径21cmの平皿。
「これは少し前の日本の家庭では一番ポビュラーなサイズ。家具職人さんによると食器棚にぴったり収まるサイズだそうです。ひとり分のパスタを盛ってもいいし、揚げ物や炒め物など、何人かで取り分ける料理を盛ってもいい。なにかと重宝するお手軽サイズだと思います」
いつものパスタが錆茶色の七寸皿(上写真)に映える。
田中家の食卓には漆器も頻繁に登場する。漆といえばぱっと思い浮かぶのは料亭のお椀やお正月の重箱、ハレの食事を盛るうつわというイメージ。でも、ザクザクと割った板チョコを漆鉢に盛りながら田中さんが言うことには、
「ハレのうつわ? そんなふうに構える必要はまったくないです。扱いも食洗機で洗えないくらいで、普通に洗って拭いて乾かしてしまうだけ。この小鉢なんて普通にヨーグルトを食べるために使ってます」
そ、そうですか。恐る恐る触らせてもらうと、うわっものすごく軽い!
「そうでしょう? 漆のうつわは年を重ねるごとに使い手に寄り添ってくれるので、これからますます重宝しそうです。それに、最初は粒子を感じるような風合いですが、使っているうちにどんどん透明感が増して艶が出てくるんです。これが漆の面白いところ」
使えば使うほど艶を増していく、一生かけて育てていくうつわ。日常で使わずしていつ使う?
最近、作家もののうつわにもどんどん増えてきたという耐熱皿も、いつもの食卓に欠かせないレギュラーメンバー。
「耐熱性のうつわが増えた背景には食生活の変化があると思います。冷凍食品やミールキットが普及して電子レンジ調理はデフォルト、簡単で見栄えのするオーブン料理も受け入れられています。私自身もコンロについているグリルに耐熱皿をぱっと入れて、グラタンのようなものをよく作ります」
もちろん、実用一辺倒ではなく見た目も選択の大事な条件。好きなうつわにたまたま耐熱機能が備わっている。だから加熱調理以外の料理を盛ってもよし。
最後に忘れてはならないのが、どこかほっとする素朴な木のうつわ。
「うつわといえば焼き物、と思われがちですが、庶民に焼き物が広まったのは江戸時代後期以降といわれています。それまでは木のうつわが多く使われていました。とくに、“刳り物(くりもの)”と呼ばれるノミやカンナを使って木を刳りぬいたものは古くからあるうつわ。ひとつあると食卓に温もりが生まれます」
トルティーヤチップスをガサッと盛ったとしても油染みなど気にしない。普段の手入れは洗って拭いて乾かすだけ。ちょっとカサついてきたらサラダオイルやオリーブオイルを塗れば元の艶を取り戻せる。量産タイプのウレタン塗装にはない風合いが使うほどに増していく。
「せっかく作家さんのうつわを買ってもお客様用に、といってしまい込んでしまう人が意外と多いそうなんです。でもやっぱりうつわは使ってこそ価値がある。こんなふうに使えるんだということを知ってもらいたいですね」
当の作家さんの話を聞くと、昔の北欧などでは木のうつわの上に直接チーズや肉を置いてナイフで切っていたため、うつわの表面は傷だらけ。そんなふうに使ってもらうことが本望なのだとか。
「生活の中のうつわってそういうものですよね。でも、そこまでする勇気はまだ私にはないんですけど(笑)」
\田中さんの食器棚/
『クロワッサン』1101号より