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「思い切って購入した越後上布です」、工芸ライター・田中敦子さんの着物の時間。

撮影・青木和義 ヘア&メイク・高橋亜希(アンベリール) 着付け・月川麻衣子 文・大澤はつ江

着物をワードローブのひとつと捉え、自分らしくおしゃれに楽しんでは?

思い切って購入した越後上布です。時を経て、白が生成りになりました。
思い切って購入した越後上布です。時を経て、白が生成りになりました。

「清水の舞台から飛び降りてしまいました」

工芸ライターとして活躍する田中敦子さんに、そう決心をさせたのは、生成りの地色に藍色の十字が散った着物。

「40歳を過ぎたころ、越後上布の雪晒(ゆきさら)しを見たい、という願いが叶い、取材で新潟県南魚沼市の現地を訪れました。広々とした雪田で行われる雪晒しは夢のように美しく、忘れられません。そのときに、撮影用に仕立てたものを思い切って購入しました」

細い苧麻(ちょま)糸を地機(じばた)で織り上げた布を雪上に晒すことで、太陽光と雪解け時に発生するオゾンなどが布に作用し、天然の漂白が施される越後上布。

「購入から20年がたち、経年によって地色が黄味を帯びてきました。再度、雪晒しを行えばまた白くなりますが、むしろ、このままのほうが今の私にピッタリな気がして……。持ち主とともに年を重ね、寄り添ってくれるなんて飛び降りがいがありました(笑)」

合わせた帯は韓国苧麻の未晒し生地に、よろけ縞を藍色で型染めした田中昭夫さん(故)の名古屋帯。生成りと藍が互いを引き立て合う絶妙なコーディネートは涼やかな風が吹き抜けるようだ。

着物をワードローブのひとつと捉え、おしゃれとして楽しみたい、という田中さんに着物が好きになったきっかけを聞くと意外にも、

「着物というよりは、織りや染めなど布が大好きで、出版社でファッション担当だった時代も、まず布を触っていました。当時、焼き物にも関心があり、総合的に日本文化を学ぶなら茶道かなと、お茶の教室に通い始めたんです。ただ私は、着物は古風と思っていて、洋服で通すつもりでした。ところが、教室の先輩のシックな無地紬や、先生の上質な色無地が美しくて、あんな着物なら着てみたい、と。そこから着付けを独学で学び、箪笥の肥やしだった嫁入り着物を着始めたんです」

吉岡幸雄さんが再現した、正倉院宝物の臈纈(ろうけち)(蝋染めの古名)文様写しの帯を大切に愛用。
吉岡幸雄さんが再現した、正倉院宝物の臈纈(ろうけち)(蝋染めの古名)文様写しの帯を大切に愛用。

その後、フリーになり、きちんと工芸の勉強をしたいと思っていたところ、縁があり京都『染司(そめのつかさ) よしおか』の5代目・吉岡幸雄(よしおかさちお)さん(故)の染織サロンで勉強できることに。

「そこで染織史を学び、日本古来の染織品に直に触れることができました。吉岡先生の『着物の近代史を調べたらどうや』というアドバイスもあり、古巣の主婦の友社の資料室で『主婦の友』の着物ページを90年間分読みました。着物は時代とどのように関わったのかや、主婦の着物に対する考え方や悩みの変遷がわかるにつけ、着物っておもしろい、と」

きもの研究家の森田空美(もりたあけみ)さんと出会い、雑誌で企画・取材などをともに行ったことも、田中さんにとって貴重な時間となった。

田中さんの座右の書、吉岡幸雄さんの著書。「染織の歴史を豊かな経験とともに伝える一冊です」
田中さんの座右の書、吉岡幸雄さんの著書。「染織の歴史を豊かな経験とともに伝える一冊です」

「森田先生との仕事を通して、美しい着付けやコーディネートのニュアンスを学び、考えるようになりました。でも何より、着て楽しく、元気になれるのが着物、かな」

着物に興味がある方は、お店で好みや出かけたい場所を伝え、とにかく袖を通して鏡の前へ。顔が若々しく見えたら、それは似合う証し。その一枚から始めては、と田中さん。

「自分なりのセンスを楽しめる最強アイテムのひとつだと思います。着物も時代とともに変化していきます。気候変動で着物暦も変わっています。だから、改めて装いや小物使いを見直しています。初心に戻って、着物再入門、が今の私のテーマなんです」

よろけ縞の型染めが小粋な夏帯。「未晒しの自然布を使った帯だからか、上布の生成りにしっくり合います」
よろけ縞の型染めが小粋な夏帯。「未晒しの自然布を使った帯だからか、上布の生成りにしっくり合います」
  • 田中敦子

    田中敦子 さん (たなか・あつこ)

    工芸ライター

    東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。主婦の友社勤務を経てフリーランスに。『和樂』『七緒』の創刊に携わる。着物や工芸、日本文化を中心に取材、執筆、編集を行う。著書に『J-style Kimono 私のきもの練習帖』『J-style Utsuwa 私のうつわ練習帖』(共に春陽堂書店)など多数。

『クロワッサン』1099号より

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