一面に施した繊細な波文様に、青と紅の楓が散らされ、楓の中にも紗綾形や鮫文様が染め抜かれた絽の江戸小紋。涼やかな秋風を待ちわびる、晩夏にふさわしい一枚だ。
「日舞の師範をしていた祖母の形見なんです。私には着丈が足りないのでお端折りがちゃんと作れませんし、裄も足りないのですが、『裄が短くても、腕の扱いなどの所作できれいに着こなせるもの』と言っていた祖母の言葉を頼りに、おそるおそる撮影に臨んでいます」
そう微笑むのは、国内外のファッションブランドに精通し、グローバルなイベントなどのPRとして活躍している林悦子さん。
「粋を常としていた祖母の着こなしは、本当に素敵でした。でも粋が過ぎれば野暮になりますし、そのさじ加減が私にはまだまだわかりません。ファッションには遊び心や引き算が大事だとは思いつつ、着物のマナーは外したくないので試行錯誤の連続です」
これまでは、祖母と母から受け継いだ着物や帯を組み合わせてきたが、最近は自分らしい着こなしも模索中だそう。今日合わせた北村武資さんの羅の帯は、自身で購入した一本。
「糸と糸が織りなす世界が、まるでアートピースのようだと一目惚れしてしまいました。亡くなられる直前に北村さんのトークショーを拝聴でき、制作過程をお聞きしたことで、ぜひ手に入れたいと意を決しました」
“織”の構造を極め、人間国宝となった北村氏の代名詞ともいわれる羅。中国で2000年前には織られていたとされ、日本でも室町時代までは織られていた幻の織物を、北村氏が現代性も加えつつ再現した。グレー系やブルー系など、色違いとも見比べた上で林さんが選んだのが、黄みがかった淡くて優しい桃色。写真では伝わりづらいが、見る角度によって薄く色が浮かぶ、奥深さが魅力的だ。
「立体的な織物だからこそなせる味わいですよね。砂糖菓子のようにふんわりした甘さがあるけれど、凛としていて可愛すぎるわけでもない。素晴らしいバランスだと思います」
北村作品にはまり、昨年続いて購入したのが、こちらも代表作の一つとされる経錦の帯。正倉院にも奉納された雅な織物を、独学で復元したという逸品で、隙のない文様構成と控えめな光沢感が格調高い。