くらし

父と義理の娘、抜群のチームワークの育み方。料理研究家・小林まさるさんと小林まさみさん対談。

親子は、年齢や職業や環境によって、独特の関係性をじっくり時間をかけて築いている様子。悲喜交々、楽しく語ってくれました。
  • 撮影・土佐麻理子 構成と文・寺田和代

〝まさるとまさみ〟チームで、家事も 仕事も助け合ってきました。(まさみさん)

「70歳過ぎて料理家の道へ。まさみちゃんあっての俺だと思ってるの。」(父・まさるさん)/ 「皆に反対された料理家への道をいちばん応援してくれたのは義父。」(娘・まさみさん)

料理研究家の小林まさるさんと小林まさみさんは、ひとつ屋根の下で暮らす父と義理の娘(まさみさんの夫・史典さんは、まさるさんの長男)。自宅では家事をシェアし、仕事では互いに独立し、時にはチームを組んで活躍する。公私にわたる抜群のチームワークはどう育んできたのだろう。

小林まさみさん(以下、まさみ) 史典さんと結婚して小林家の一員になったのは26年前。私が25歳、義理の父が62歳の時。結婚前に義母が亡くなり独居になった義父に、私たち夫婦のほうから「一緒に暮らしましょう」と。田舎者で、騙されやすい性格が心配で。

小林まさるさん(以下、まさる) 俺は最初、断ったの。仕事は現役を退き、病気がちだった妻の分も家事や子育てに忙しかったから、すべて終わってやっと一人でのんびりできる、と。でも2人に「一人でいて倒れたら」と心配され、倒れてから面倒見てとお願いしても通用しないなと思って、じゃあ、と。

まさみ 2DKの家を借りて私たち夫婦が1部屋、義父が1部屋、DKは共用で同居生活をスタート。私はOLを続けながら家のことは全部すると決めていたので、3人で相談し、私の職住近接を第一に住まいを決めました。

まさる それから2カ月もたたないうちに、まさみちゃんが「働きながら料理の専門学校に通います」って。

まさみ 料理はさほど上手じゃなかったけど楽しい感覚がもともとあって、急に料理家になろうと決め、すべてを準備してから夫と義父に報告したんです。

まさる 最初は、趣味で学校に通うくらいにしか思ってなかったんだ。

まさみ 家事をシェアし始めたのはその頃。ある晩、酔って帰ってきた義父が、「お願いだから俺にも料理をさせてくれ」と。
もともと家族の料理を作ってきたのに、役割を奪われた上に私の味付けも何となく合わなかったのでしょう。でも、言ったら私に失礼だと我慢していたんですね。それをついに酔いの力を借りて! 気持ちを察してすぐお願いしました。
その時に、よかれと思ったことでも相談せずに決めたり、役割を奪うのは相手のためにもよくない、ということも学びました。

2005年、まさみさんの4冊目の本にアシストするまさるさんの姿が初掲載された。

家のことは俺がするから、料理の道に突っ込みなさい。

まさる そこからまさみちゃんが頑張る姿を見ていたから、初めて本を出した時に言ったの。「家のことは俺がするから、あんたは料理の道に突っ込みなさい」と。まさみちゃんの両親と俺と3人で話した時も、「大丈夫。あの人は絶対に大物になる」と言いました。

まさみ 実家の親や、夫にさえ最初は(学校に行くことを)反対されたのに、お義父さんは最初から応援してくれて。

まさる その後、俺が料理家になる道はまさみちゃんが開いてくれたの。

まさみ デビュー作『よーい丼』を出す際、一日50品作るのにアシスタントをお願いする予算がなくて、困っていると義父が、手伝おうか?と。
洗い物だけお願いするつもりでスタジオに来てもらったら、疲れた顔ひとつ見せず一日ぶっ続けで洗い物をし、そのうちスタジオの鍋を磨き、包丁まで研ぎだした。
存在感や動きに余裕があるし、現場スタッフとも笑顔で対応している。なんか思ったより〝使えるな〟って(笑)。

まさる スタジオ撮影なんて人生初。こんなふうに撮るのかと興味津々で。ひと言でいうと、楽しかったんだな。

まさみ 当時、アシスタントとしてついていた師匠・平野レミさんに、義父が手伝ってくれたと話すと、すごくいい話、と。本のクレジットにスペシャルサンクスとして義父の名を記すことを版元に交渉してくださって。それからですね。現場に「アシスタントです」と義父を連れて行くようになったのは。

まさる 〝アシスタントは義父〟が珍しがられ、そのうち俺自身にも料理の仕事が来るように。棚からぼたもちみたいにうれしかったし、まさみちゃんあっての俺だなー、と思ってるの。

まさみさんの夫・史典さん(左)とは仲のよい父子。今も2人で釣りへ行く。(写真提供・まさみさん)

仕事や趣味で充実しているから、他の家族に口出しをせずにすむ。

まさみ 料理スタジオを兼ねたこの家に越したのは12年ほど前。その後、共に料理家として独立しました。
以前と同様、LDKを共用し、2階の寝室をそれぞれが使う。仕事のスケジュールを共有し、家事はできる人がする。家族全員が仕事やそれぞれ好きなことで忙しいから、他のメンバーがいちいち気にならない。
これが、自分だけが頑張って疲れている、となったら他の家族にイラッときたり、口出しをしたくなるかもしれませんが、そういうことがない。義父とのケンカのネタは「外出する時は鍵をかけて出て」くらい。

まさる 暮らしのことで対立するってほぼないね。仕事ではあるよ。お互いプロだから。現場ではすぐに「こっちのほうがいい」と言うでしょう。それが家でも習慣に。言いたいことはその場で言葉にして解決し、後に残さない。

まさみ 義父には助けてもらうばかり。この先、義父の暮らしに助けが必要になっても、仕事も家事も本人が納得できる形で役割を持ち続けられるよう、家族で工夫していこうと思っています。

まさる 元気なうちは家事も仕事も続けたい。何かあれば、その時は頼むな、と思っています。言葉にしてないけどね。今、初めて言ったけど。ハハハ。

料理スタジオを兼ねる自宅キッチンで、「日々の料理も片づけも自然と助け合っている」2人。

「パン食の朝に用意してくれる野菜いっぱいのスープが大好き。」(娘・まさみさん)

「余り野菜で簡単に作る。俺は樺太生まれだから、ロシア風なんだよ。」(娘・まさるさん)

小林まさる

小林まさる さん (こばやし・まさる)

料理研究家

1933年、樺太(現ロシア)生まれ。定年退職後、70歳で料理アシスタント、78歳で料理研究家に。著書に『人生は、棚からぼたもち!』ほか。

小林まさみ

小林まさみ さん (こばやし・まさみ)

料理研究家

1970年、東京生まれ。会社員を経て、2004年に料理研究家デビュー。さまざまな媒体で活躍。著書に『まいにち冷奴
おかずにも、つまみにも。』ほか多数。

『クロワッサン』1050号より

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