くらし

「思考をほぐし、しなやかに生きる」。文化人類学者・小川さやかさんが選ぶ、今読みたい本。

思いがけない事態に、看過してきた問題が明らかになりつつある今、思索のヒントは書物の中に。読書から思考の軌跡を辿ります。
  • 撮影・黒川ひろみ(本)文・澁川祐子

小川さやか(おがわ・さやか)さん
文化人類学者。立命館大学教授。現代アフリカの商習慣を研究。著書に『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(春秋社)。

推薦する三冊は、いずれも文化人類学者によって書かれたものである。

最初に紹介する『ダイエット幻想』は、医療人類学者が「やせたい」という気持ちを他者とのかかわりから解きほぐした書。日本女性のやせることへのこだわりは、「かわいさ」が求められる日本のジェンダー規範と、他人から認められたいという承認欲求が強く結びついて生じていると、本書は指摘する。その熾烈な承認欲求合戦の結果、いつのまにか人から愛されることが生きる指標となり、健康を害するまでに身体を変えることを目指すようになる。著者は、人類学の知見を織り交ぜながら、カロリー計算などの数字や「個性」といった概念による呪縛から逃れ、やせたいという思いと折りあいをつける方途を提示していく。

『ダイエット幻想 やせること、愛されること』磯野真穂 前著『なぜふつうに食べられないのか』(春秋社)を下敷きに、ダイエットの罠から「食べること」「生きること」を見つめ直す。ちくまプリマー新書  840円

次に挙げる『「家庭料理」という戦場』は、家庭料理の変遷を「モダン/ポストモダン/ノンモダン」の三つを手がかりに論じた本。1980年~’90年代に活躍した小林カツ代と栗原はるみは、「おふくろの味」を広めた土井勝を筆頭とする前時代の「家庭料理」を大胆に脱構築。主婦の忙しさに寄り添った時短レシピや家庭でできるお店のような料理による素敵な暮らしを広めた彼女たちは、それでも家庭料理という枠組みそのものは維持した。二次創作的な料理やクックパッドなどのプラットフォームが登場した現代は、画一的な「家庭料理」という枠組み自体が意味をなさないノンモダンな時代。家庭料理という戦場は、暮らしはいかにデザインできるかを問う戦場なのだ。

『「家庭料理」という戦場 暮らしはデザインできるか?』久保明教 有名料理家からクックパッドまでレシピの調理と分析を通じ、戦後の家庭料理を追う。小林カツ代、栗原はるみのレシピ対決も収録。コトニ社 2,000円

硬直化せずに、日々自分の頭で考える。

最後は人類学者であり、政治経済学者でもある、ジェームズ・スコットの『実践 日々のアナキズム』で締めくくりたい。彼の言うアナキズムとは、決まりきったこととして、ふだん考えることを放棄している領域の中に、じつは重要なことがたくさんあるのではないかというものだ。そして、日々自分の頭で判断するための訓練として「アナキズム柔軟体操」なるものを提唱している。

その例として、信号無視の話が出てくる。そこはドイツの田舎町の通りで、夜は車通りが途絶え、はるか遠くまで見通せる。だが、人々は律儀に信号が変わるのを待っている。そこで彼は、アナキズムの実践として信号を無視して渡る。だが、彼はどんなときも信号無視をしていいとは言っていない。たとえば自己判断ができない小さな子どもがいたら、真似すると危ないのでルールを守る。つまり、自分たちの生活にとって不条理だと思うルールに対し、どうすれば帳尻を合わせながら、自らの手で新しく自生的な秩序を作れるかを考えることが大事だと訴えているのだ。

コロナによって今、各人がいかに行動するかが問われている。そうした中、私たちに求められているのは、思考を硬直化させず、しなやかに生きる術を身につけることではないだろうか。

『実践 日々のアナキズム ――世界に抗う土着の秩序の作り方』ジェームズ・C・スコット 著 清水 展、日下 渉、中溝和弥 訳 政治運動や革命ではなく、日常生活のささいな行動から社会を望ましい方向へと変えていく実践方法をユーモラスに説いた書。岩波書店 2,800円

『クロワッサン』1025号より

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