50代で日本語教師の資格取得後、台湾で日本語教師になった阿部さんの働き方──いくつになっても私らしく稼ぐ
撮影・黒川ひろみ 文・長谷川未緒
独学で日本語教師の資格を取って単身渡った台湾。あの時間は人生のご褒美!
阿部恵子(あべ・けいこ)さん 63歳
阿部恵子さんが日本語教師の勉強をはじめたのは、義母の介護が一段落ついたとき。
「6年ほど認知症の義母の面倒を見ているなかで、一緒に認知症になっていくような、精神的にも鬱っぽくなるような状況がありました。母が施設に入ったことをきっかけに、自分は年齢を重ねてもしっかりしていたいと思い、脳トレをしようと」
最初は教師を目指すというより、頭を働かすために興味のある分野の勉強をしたいと思っただけだったという。近所に学べるところがなかったため、独学だった。参考書と問題集を買い、毎朝カフェに行き、1時間は勉強することを習慣にした。
「久しぶりに字を書いたら、下手だし、時間がかかるし、疲れるし。続けられるかしらと思いましたが、新しいことをどんどん勉強するのは楽しくて。自分のために自由に時間を使えることもうれしかったです」
7カ月ほどで見事合格。せっかく受かったのだから仕事にしたいと考えるようになったが、通える範囲には働き口がなかった。県外に行くなら海外も同じと、夫の理解も得て台湾の日本語学習塾に応募。かつて旅行した際、日本語を話せる人が多いことが印象に残っていたからだ。
「マンツーマンで、子どもからお年寄りまで、4年間で100人くらい指導しました。授業は午後1時から9時まで。それぞれの興味関心に合わせてカスタマイズするため大変でしたけれど、生徒の成長を感じられて、おもしろさのほうが勝りました」
台湾は食べものも美味しいし、人もおおらかな雰囲気で暮らしやすかったと語る。現地の一般的な単身者用アパートにはバスタブもキッチンもないということも新鮮な驚きだった。どちらも欲しかったが、家賃をおさえるためにバスタブを選んだ。
「台湾は外食文化なので、キッチンはなくてもどうにかなるかなと。体調管理のためにも、疲労を回復できる湯船を優先しました。数十年ぶりのひとり暮らしは、24時間すべて自分の自由に使えて、好きなものを好きなタイミングで食べられて、もう最高!でしたね」
家族の都合で帰国した後は、オンラインで日本語教師を続けている。生徒は6人ほど。現在は登録日本語教員の国家資格に向けて準備中で、学科は既に合格し、実践研修を済ませたら修了だ。「資格を生かしてさらに活動の幅を広げたいです」
『クロワッサン』1165号より
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