くらし

共通の体験、それぞれの状況。│ 束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

欧米でコロナの大混乱が始まる直前、私は舞台作品のアメリカツアーを回っていた。4都市9公演は成功した。私にとって舞台作品の海外公演、しかもツアーは初めてで、多くの貴重な経験を得られた。

帰国してその報告をしたくてたまらないのに、海外からの帰国者として二週間自宅待機要請が出ていたので、すぐ近くにいる両親にも話すことができない。
自粛している間に、世界中は浮かれていられない状況になっていった。ものすごく濃厚だったツアーの体験が、まるで夢だったかのように感じられるようになってしまった。そして次第に、話すことを諦めてしまう。

相手の表情を見ながら、そしてこちらの表情を見られながら、時には興奮し、時には力を抜いて、自分の体験を改めて嚙み締めながら話すことを、これまで私がどれだけ楽しんでいたか。誰かに話し、しっかり受け止めてもらうことで自分の体験をいかに体に定着させてきたのかを思い知った。お互いにマスクをしていると、受け止めてもらえているかがはっきりわからず、話したい言葉が上手に出てこない。相手もまた同じようで、話が弾まない。この状況下では、私の大切な体験を話すことをとりあえず先送りにしようと決めた。

世界の状況を鑑みれば、こんな日常の些細な変化は取るに足らないものかもしれない。でも私にとって、今自分が求めていることは何なのか、それができない状況を理解し、どう対応していくかを考える一歩となる。

メディアで伝えられている世界中の共有すべき大きな問題とは別に、皆それぞれ、些細だけれど個人的に重要ないくつもの変化を目の前にし、解決策を探しているのだろうと思う。コロナの猛威は世界中の全ての人々が経験する初めての脅威となる歴史的な事態だけれど、人の数だけ状況が存在することに思いを馳せてみようと思う。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は、https://www.facebook.com/imostudio.imo/ にて。

『クロワッサン』1022号より

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