永江 朗さんが薦める、日記文学の2作品。
撮影・黒川ひろみ
{日記文学}
著書『本を読むということ』をはじめ、読書術について雑誌等にも多くの文章を寄せている永江朗さん。
「日記文学はその作家の考えたことや感じたことがリアルに伝わってくるのが魅力です。小説やエッセイとも違う一面が見えてきます。ただし、書かれていることが“ほんとうのこと”を伝えているとは限りません。日記には願望や虚構がまじる。ただし、そこに作家の本音が顔を出す。そのあたりが面白いところです」
『富士日記』は武田百合子が夫の作家・武田泰淳と富士山麓の別荘で過ごした日々を綴ったもの。
「別荘を建てた1964年から泰淳が亡くなる1976年まで書かれた日記です。何を食べたか、どこへ行ったか、何をしたかが素直に記録されているのがすばらしい。食材を買った際は値段も書かれていて、人が訪ねてきた時には会話まで再現されている。日常生活ではいろんなことが脈絡なく起きる様子が素朴に描かれています」
『紫式部日記』は、紫式部が藤原道長の娘、中宮彰子に仕えていたときの回想録。
「当時の貴族社会の頂点にいた藤原道長やその周辺のことが生々しく書かれていることがいちばんの魅力。道長というと自分の権勢を満月にたとえた傲慢な怪物のようなイメージがありますが、我が子や孫に対する愛情を持った生身の人間であることがわかります。また紫式部はけっこうな毒舌家。和泉式部や清少納言についての批評は辛辣です。“源氏”ファンはショックかもしれません(笑)。このビギナーズ・クラシックス版は現代語訳と原文、そして当時の時代背景などを解説という構成になっているので、古典に馴染みがない人にもおすすめです」
作家の日常生活がわかることと本音が顔を出すところが面白い。
『クロワッサン』1010号より