食をテーマに長年続く名店や生産者にスポットを当てた著書を多数上梓している井川直子さん。推薦してくれた『舌の記憶』は脚本家の筒井ともみさんが東京・世田谷で過ごした幼少期の「食」にまつわる記憶を描いたエッセイだ。
「筒井さんの味覚に対する感性に圧倒されます。母親が作ってくれた白玉の味を語る際には、喉越しの感触など艶のある表現とともに、昭和の台所の仄暗い気配や空気感までが文章から伝わってきます。『夕暮れのジャムパン』というタイトルで当時のちょっと毒々しいジャムの色が靴屋の棚に飾られた赤い靴に重なることを綴った文は筒井さんの記憶のなかに同席させてもらうような気持ちになります。ひとつひとつのエッセイに世界観があって、映画を観るような感覚でひきこまれます」
『料理狂』は日本におけるグルメ文化の礎を築いた和洋シェフ9人の異国での修業体験や仕事論をまとめたインタビュー集。
「聞き書きの名手である木村俊介さんがまとめているだけに、文章も肉声を聞いているような臨場感があります。一般的なプロフィール紹介ですと〝海外の三ツ星レストランで修業〟という1行ですまされてしまうその陰での苦労や思いを引き出すとともに、現役でシェフを続けるなかでの『自分にできるのはドキドキして調理場に立ってやりきるだけ』とか、『バカみたいに時間がかかることに仕事の本質がある』など、いい意味で好きなものにしがみついて生きてきた人たちならではの鮮烈な言葉がインタビューのなかにあふれています。彼らがふるまう料理やお店を思い描きながら、生きるうえでのヒントをくれる言葉が見つかる一冊かと思います」