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深緑野分さん×瀧井朝世さん 本を通して考える、複雑な世界をよりよく生きるヒント。

世間に漂う不穏さや、私たちのモヤモヤする気持ちはどこからくるのだろう? 読んで、考えて、すっきりする読書のススメ。

撮影・土佐麻里子、中島慶子 文・黒澤 彩

深緑野分さん×瀧井朝世さん 本を通して考える、複雑な世界をよりよく生きるヒント。

当事者ではない人が語る言葉もやっぱり必要だと思います。(瀧井朝世さん)

不幸な事件もエンタメに? 消費することは罪なのか。

瀧井 深緑さんは、自分がいなかった時代や場所のこと、体験したことのない戦争も題材にしていますね。現地に取材に行ったり、膨大な資料にあたったりと、相当の覚悟と正義感を持って書いているという印象を受けます。以前、ご一緒したある読書会で、参加者から「海外で起きたできごとや戦争を、エンターテインメントとして楽しんでもいいのだろうか」という質問があったのを覚えていますか? 私が選んだ2冊目の本、『王とサーカス』は、それを問いかけているミステリー小説です。

深緑 これも面白かったです。最後にあっと驚くような展開が……。

瀧井 日本人のフリー記者が、ネパールで実際に起きたある事件に遭遇するのですが、それを記事にして日本に届けることは、ニュースをただ消費するものとして差し出すことなのではないかという非難をつきつけられる。作者の米澤穂信(よねざわほのぶ)さんにお聞きしたところ、作家として発信する側というよりも、消費する側としての問いに端を発した小説なのだそうです。私はそこまでためらいを感じる必要はないのでは、と思ってしまいましたが、深緑さんは?

深緑 ためらいは、あります。それは当事者性の問題ですよね。当事者の声に耳を傾けることは大切だけど、当事者だけが語ることを許されるというのも、また危険で。たとえば、被災した人たちのなかでも、どこにいて、どれだけの被害を受けたのか、よりハードな経験をしている人の言葉を聞こうとすると、いったい本当の当事者って誰なのか、わからなくなってきます。

瀧井 被害にあった人のなかでも程度や立場に違いがあるのは当然。より被害の大きい人だけが当事者だとレッテルを貼られるのはおかしいですね。それに、当事者ではない人間が外側から語ることも必要なはずです。書き手としては、どう感じていますか。

深緑 消費することは、たしかに気をつけなければいけないと思います。自分が伝道者のような気になってはいけないので。他文化や、自分が経験していないことを語るときにどれだけ真摯になれるか。これからの時代に創作者がよく考えなければいけないことです。ただ、たとえば日本人だけが日本の文化を語っていいわけじゃないですよね。それを言い出したら、じゃあ、どこからどこまでが日本人なのかという話になり、純血主義のようにもなってしまう。それって怖いです。

瀧井 どうして日本人なのに外国の物語を書くのかと聞かれることも多いんじゃないですか。

深緑 日本人だという帰属意識があまりないからか、外国の違う時代の物語を書くことに抵抗はありません。むしろ、それを不思議がる人が多いことのほうに驚いています。違う人種についてフィクションとして書くことは、ともすれば文化の盗用にも通じるのかもしれないけど、さっき言ったように、違う人種だから書いちゃダメなんていうことはないと思っています。

\瀧井さんのおすすめ/
王とサーカス  米澤穂信

異国の事件はサーカスのように娯楽 として消費されるのか?

2001年に起きたネパールの国王殺害事件をモチーフにした推理小説。ジャーナリズムとは?と考えさせられる。創元推理文庫 860円
2001年に起きたネパールの国王殺害事件をモチーフにした推理小説。ジャーナリズムとは?と考えさせられる。創元推理文庫 860円

「絆」や「友情」はなくてもいい。ただ認め合うことの尊さ。

瀧井 ある人種のコミュニティを違う人種の作家が書いているという点では、深緑さんが選んでくれた『IQ』がまさにそう。作者のジョー・イデっておもしろい名前だなと思ったら、日系アメリカ人の方で。日本の苗字の「イデさん」なんですね。日系の作家が、ギャングやラッパーなど、アメリカの黒人社会とカルチャーを描き切っているところがすごい。

深緑 しかも、この作品は、黒人のコミュニティでちゃんと受け入れられているんですよ。私の作品はというと、欧米を舞台にしたものについて、英語版を出版しましょうという話はありません。アメリカやヨーロッパの人たちにしてみれば、アジア人のようなマイノリティに自分たちのことを書かれる経験があまりなかったのだと思います。そういう意味で、『IQ』は希望の星。一方通行ではなくて、双方向で反応し合っている稀な例です。自分たちの文化にとても誇りを持っているはずの黒人コミュニティが、日系人の作家に扉を開いてくれたのは、それだけ作者の真摯さが伝わったということなのでしょう。

瀧井 日本でもヒットして、続編『IQ2』も出ていますね。いわゆる「バディもの」としても楽しめます。探偵の相棒役がちょっとダメなやつで。

\深緑さんの おすすめ/
 IQ  ジョー・イデ 著 熊谷千寿 訳

日系アメリカ人が描く黒人街を舞台にした探偵ミステリー。

「IQ」と呼ばれている有能なアフリカ系アメリカ人の青年が、腐れ縁の相棒とともにロサンゼルスの街で事件の謎を追う。ハヤカワ・ミステリ文庫 1,060円
「IQ」と呼ばれている有能なアフリカ系アメリカ人の青年が、腐れ縁の相棒とともにロサンゼルスの街で事件の謎を追う。ハヤカワ・ミステリ文庫 1,060円
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