『人生で大切なことは泥酔に学んだ』著者、栗下直也さんインタビュー。 「世の中の酒呑みを勇気づけられたら……」
撮影・黒川ひろみ
ああ、やってしまった……なんであんなに飲んでしまったんだろう。朝起きて頭を抱えた経験のある人なら、表紙を見ると手に取らずにはいられないはず。タイトルと、帯に並ぶ著名人の行状とが、ストレートに訴えかけてくるのだ。
「無銭飲食で友人を置き去り――太宰治」「家に石を投げられても呑んだ――平塚らいてう」「プラットホームから落っこちた――小林秀雄」……。教科書の写真で顔を見かける偉人たちがそんなことを!?と思うだろうが、頭にハテナマークが浮かぶような惹句は続く。
「日本刀で素振り――三船敏郎」「大砲を発射した――黒田清隆」「全裸になった――福澤諭吉」
酒を呑んだだけで、いったい何が?
と素直な気持ちで思ってしまう。
「この本に書いた人たちはみなさん、酔っ払ってやらかしてるんです。立派に見える人でもこれだけ“ひどい”というほうが、世の中の酒呑みは勇気づけられるかなあというのがベースにあって」
と言う栗下直也さん。自らの酔っ払い体験も「語れる範囲で」折り込みつつ、さまざまな分野で活躍した27人の、“泥酔”エピソードをこれでもか!と、一冊にぎっしり詰め込んだ。強烈な話が満載なのだが、中でも栗下さんが共感を覚えたのは、日本を代表する評論家の一人、同時代の小林秀雄と双璧をなすと称される、河上徹太郎なのだとか。
「みなさんの行動の延長線上にいるような、酔っ払い体験をあっけらかんと本人が書いている。トラ箱で目覚めたあと『お礼をしたい』なんて警察官に言ったりしていて、上司にいたらいいなと思います」
トラ箱とは最近は耳にすることもなくなったが、泥酔者を留置するため警察に設けられた保護室のこと。ベロベロになり、朝そこで目覚めた河上徹太郎が警察官に向かい「お礼にみなさんとウイスキーで乾杯したい」と申し出たという。差し入れしたい、ってまだ呑むのか!と突っ込みたくなるが。その2カ月後に、文化功労者に選ばれているというから、すごい。
日頃から面倒くさい人は、泥酔しても面倒くさいもの。
「酔ってやらかしても、『あの人ならしょうがない』ということ、今でもありますよね。問題起こして駄目な人は駄目。問題になってはいるけど許されているのは、その人の持つ人間性というか」
確かに、本書の泥酔エピソードを読むと、それぞれ人間性が浮かび上がってくるのがおもしろい。
「日頃から面倒くさい人は、やっぱり面倒くさくなる。行動はエスカレートするけど根っこにある部分はそんな変わらないんじゃないかな、と。人となり、みたいなのを酔っ払った姿を通じて出せたらなあ、と思っていました」
飲み過ぎて落ち込んでいるご家族がいたら傍にこの本をそっと置いておいてほしい、と栗下さん。呑む人は共感を抱いて、呑まない人は酒呑みたちの生態研究の書として、ぜひ手に取って数々のエピソードを心底楽しんでほしい。
『クロワッサン』1007号より
広告