薬のこと、詳しく知りたい。 専門医・長田乾さん、片山禎夫さんに聞いた、認知症治療の最前線
撮影・北尾 渉 イラストレーション・山口正児 構成&文・堀越和幸
薬物療法は3つの選択肢で認知症に対抗。それぞれの薬と特徴は?
アルツハイマー病の原因に直接働きかける、抗アミロイドβ抗体薬
ここからは薬物療法について見ていこう。まずはアミロイドβを除去することで一躍話題になった抗アミロイドβ抗体薬だ。日本では〈レカネマブ〉〈ドナネマブ〉が、保険適用になった。
「アミロイドβは脳の老人斑とも呼ばれ、この異常蓄積や、それが引き金となる神経細胞内のタウタンパク質の異常化が、アルツハイマー病の主たる原因です。つまり脳内に溜まったアミロイドβを薬で減少できれば、病態進行を抑えることができるのです」
抗体がアミロイドβを取り除く過程
薬のメカニズムとしては、「投与された抗体がアミロイドβに結合するとそれが目印となり、体内の免疫細胞がそれを除去するというシステムです(上イラスト)。1700人以上を対象に行われた臨床試験では、脳内のアミロイドβが約70%も減少しました」
薬価は年間約300万円だが、保険適用で1割負担、さらに高額療養費制度を利用すれば実際の自己負担は30万円を切ることも。
「日本は他国に比べても保険医療の充実で最先端の治療が手軽に受けられる。であれば、軽度のうちにその恩恵にあずかったほうがいい」
副作用としては、人によってはアリアと呼ばれる脳の浮腫や出血などがあることも押さえておこう。ちなみに薬は点滴で投与されるが、来年には皮下注射も登場するそう。
薬の投与前と投与後
認知症の症状を和らげる抗認知症薬、コリンエステラーゼ阻害薬
抗アミロイドβ抗体薬がアルツハイマー病の病態そのものに働きかけるのに対し、認知機能の一時的改善や維持を目的とする薬もある。コリンエステラーゼ阻害薬と呼ばれる抗認知症薬だ。
「脳の神経細胞にはアセチルコリンという神経伝達物質があって、それを分解する酵素がコリンエステラーゼです。この薬はそのコリンエステラーゼの働きを抑えアセチルコリンを残し、現状の認知機能を温存するのに役立ちます」
代表的なところでは〈アリセプト〉という飲み薬で、近年は貼り薬も登場している。
「貼付剤は吸収効率が高く血中濃度も安定しやすい。患者さんには、飲み忘れがないと人気です」
さらに抗認知症薬のもうひとつの顔となるのが、NMDA受容体拮抗薬と呼ばれる薬だ。
「NMDAとは神経細胞にある情報の受容体で、興奮などでここが過剰に働くと神経細胞が傷つく恐れがあり、それを防ぎます。〈メマンチン〉という薬が代表的で、先に紹介した〈アリセプト〉とは作用機序が違うので、併用も可能です」
興奮や怒りっぽくなるという症状には、漢方薬の〈抑肝散〉などが用いられることもある。
抗認知症薬による認知機能の変化
認知症にも効果があることが判明した、帯状疱疹のワクチン
3つある薬物療法、最後の選択肢は、なんと帯状疱疹ワクチンなのだという。テレビCMでもお馴染みだが、それがなぜ認知症なのか?
「イギリスのウェールズでは高齢者の帯状疱疹のワクチン接種が行われて、その条件を79歳に限定しま した。その際、開始時点で80歳だった対象外のグループと接種直後に80歳になった対象者のグループを、7年をかけて認知症の追跡調査をしたところ、接種を受けたほうの発症リスクはなんと20%も低いことがわかったのです」
アメリカでも同種の調査を行ったところ、認知症リスクが半減した(下グラフ)。
「韓国の大規模研究では認知症発症のリスクの低下に加えて、脳卒中や心筋梗塞などのリスクも23%減少することが明らかになりました」
帯状疱疹ワクチン接種と認知症発症リスク
ワクチンは〈シングリックス〉が代表的だが、なぜ帯状疱疹の薬が認知症にも効果を上げるのか? 長田さんはこんな見方をしている。
「アミロイドβの蓄積は脳の炎症が関わっていると見られ、脳卒中や動脈硬化も炎症と関係がある。ワクチンがウイルスを押さえ込むことで、他の炎症も抑えているのではないでしょうか」
薬を使わない治療、非薬物療法も患者の症状改善には欠かせない
認知症治療は上で紹介した薬物療法だけではない。並行して行われる“非薬物療法”という考え方がとても重要になる。とりわけ長田さんがいの一番に挙げるのが、“家族教育”だ。
「脳を少しでも活性化し、残っている認知能力でより充実した生活を送るには、家族の認知症に対する理解が不可欠です。認知症が進行すると理不尽な行動も増えてくるかもしれませんが、それは認知症という脳に起こった障害が原因です。私がご家族にお願いしているのは、まず、キツい言葉で叱らないでくださいということ」
家族が感情的になれば、本人には嫌な気持ちばかりが残り、行動も消極的になる。逆に肯定的に接すれば、その人らしさを取り戻し穏やかになる。
「そのためにはデイサービスなどを積極的に利用して、ご家族の方もぜひストレスマネジメントをしてください。それと、ちょっとした家事などは手伝ってもらいましょう。できたら、感謝を伝えて、褒めることです。肯定的な態度は認知症リスクを低くします」
非薬物療法はほかにも「運動療法」や「音楽療法」「回想法(昔の思い出話をする)」などがあるが、家族も一緒にセットで病気と向き合うことが大切だ。
治験に携わる医師が語る、認知症薬の展望
ここでは〈レカネマブ〉の治験に関わった、片山内科クリニック院長の片山禎夫さんに話を聞く。同薬が承認されたのが2023年。薬はどうやって開発されたのか?
「臨床試験には、第1相〜第3相と3つのステージがあって、私は12年前の第1相からずっと関わってきました。第3相では8人の患者さんに投与しましたが、何よりも皆さんが明るくなった。全然しゃべらなかった人が自分から挨拶をするようになりました」
片山さんと認知症の薬との関わりは長い。大学院生時代のソ連からやってきた薬の治験に始まり、本格的に医師として働きだしてからは、コリンエステラーゼ阻害薬の〈アリセプト〉、抗アミロイドβ抗体薬の先駆けとなった〈バピネウズマブ〉の治験も行った。
「抗体療法は初期の時代からいろいろ扱ってきました。そして、新薬〈レカネマブ〉の治験もエーザイさんからの要請で始めることになりました」
抗アミロイドβ抗体薬は〈レカネマブ〉〈ドナネマブ〉の2種だが、現在、もう一種の薬〈トランチネマブ〉の治験を行っている最中だ。進化する認知症の薬は今後どんな展望が期待されるのか?
「神経細胞にはタウというタンパク質があり、それが“神経原線維変化”を起こすことも認知症の原因の一つですが、今後はこれを狙った抗タウ抗体薬と抗アミロイドβ抗体薬をセットにした治療が注目されていくと思います」
そして、片山さんは言う。
「薬の投与も大切ですが、障害されていない脳の機能を新たにどのように使うかが極めて重要で、脳を全体的に豊かに使えるかの鍵となります」
『クロワッサン』1174号より
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