「古くても価値のあるものを残したい。それが文化を守ることだと思います。」漫画家・笹生那実さんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・桂木紗都美 着付け・小田桐はるみ 文・大澤はつ江
祖母から母、そして私が受け継いだ帯。締めるとふたりとの思い出が蘇ります。
1970年代から’80年代にかけて、従来の枠にとらわれない少女漫画が描かれるようになる。SF、ファンタジーをはじめ、多彩なジャンルやテーマが描かれた。
美内すずえ『ガラスの仮面』、くらもちふさこ『いつもポケットにショパン』、山岸凉子『天人唐草』など、数々の名作が生み出された現場でアシスタントを務めた笹生那実さん。自身も漫画家として活躍するが、結婚、出産などを機に引退。2020年にこれらの名作が生まれた舞台裏を綴ったエッセイ漫画『薔薇はシュラバで生まれる』が発行され話題になる。
「今なら問題になる現場ですね(笑)。でも、全員がひとつの作品に向かって役割を果たす熱量と作品への半端ない愛。過酷でしたが、濃密な時間が過ごせました。だからこそこの思いを伝えたい、そんな気持ちで描きました」
という笹生さんは、漫画家のほかに今回の撮影を行った『旧尾崎テオドラ邸』の保存プロジェクト共同代表の顔も持つ。
「以前からこの建物を愛していた漫画家の山下和美さんが建物の解体を阻止しようと活動を始めたのを知り、壊してはいけない、後世に伝えなければと、思い切って支援を申し出ました。その後、賛同してくれる仲間も増え、私も共同代表として名を連ねることに」
建物が建てられたのは1888年。尾崎三良(おざきさぶろう)男爵が英国留学中に生まれた娘、テオドラ英子を呼び寄せた翌年に完成した。
「136年もの歴史ある建物を、古いから、危ないからという理由だけで壊してしまうのは本当に悲しいことです。価値のあるものを後世に残していきたい。失ったら二度と同じものは再現できません。だから保存し継続させよう、という山下さんをはじめ、仲間の思いが結集したのがこの建物なんです」
その一室で万筋(まんすじ)に雪輪を散らした茶系の江戸小紋に、古今和歌集の歌人6人を手描きした『六歌仙』の帯を締め、ゆったりと椅子に座る笹生さん。高い窓から柔らかい光が差し込み、かつてテオドラ英子を包んでいたかのような空気が流れる。
「帯は明治生まれの祖母のもので、たぶん昭和初期のものかと。祖母から母へ、そして私が受け継いだものです。ところどころシミもありますが、それも味になっている。私は着物より帯が好きなんです。染め帯なら柄のおもしろさや手描きの妙を。織りの帯は風合いを楽しんでいます。そしてなにより、帯ひとつで着物が変化するところが魅力的。締めたい帯を選び、だったらこの着物が似合いそう、小物は? と組み合わせを考えているときが一番好きな時間かもしれません」
丁寧な手作業で作られたものをなくしてしまったらもったいない、と笹生さん。
「母や祖母の残した着物に触れると戦前(昭和10年ごろまで)のものは手触りが全く違います。軽くてしなやかで惚れ惚れしてしまう。着物だけでなく、古い建物などに残された手作業の魅力を知ってほしいです。なくしてしまうのは簡単です。それを保存し、伝えていくことが文化を守ることだと思います」
『クロワッサン』1128号より
広告