こわばりをほぐして疲れない身体に、古武術が教える身体の使い方。
イラストレーション・イオクサツキ 文・辻さゆり
「良い姿勢というと、『気をつけ』の姿勢を思い浮かべる人もいると思いますが、古武術の立ち姿はまったく違います」と話すのは、身体教育家の林久仁則さん。古武術とは室町時代以降、武芸の中で磨かれてきた体術のことだ。
「古武術の特徴は、骨や筋肉、関節など体の各部位のつながりを意識しながら、全体性として体を捉えること。平たく言えば、体重などの負荷が部分にかかることなく体全体で支えられている状態。肩や首、腰が痛くなるのはこれができていないからです。筋肉の緊張をほどいて生まれた自然体の姿勢は、どこにも力みがなく、結果的に立ちっぱなしでもたくさん歩いても、疲れにくいんです」
「気をつけ」の姿勢は、上半身や脚の前面などの「部分」を緊張させて負荷がかかるため、体全体のバランスが崩れてしまうのだ。
「まずは自分の体の緊張に気づいて。そして古武術の体の使い方を伝えるフレーズをもとに、立ち姿勢から整えてみましょう」
「体の重みは骨に預けるべし。心の帯も筋肉もゆるめる」
●自然体な姿勢とは?
体重は骨格に預け、筋肉の力みをほどくことで、体全体が使えている状態。
顎を引き、仙骨を基点にして、頸椎を上方向に伸ばし、仙骨は逆に下方向に巻き込むようにして骨盤をゆるやかに後傾させる。それによって膝は自然にゆるむ。くるぶしの下あたりに体の重みをストンと預けるような姿勢が自然体で、偏りの生じない理想といえる。
自然体な姿勢を作るフレーズ。
【目】「気持ちは宮本武蔵。 遠くの山をやわらかく眺める」
近くではなく、遠山を見るように全体を見る。
一点を凝視する「目の力み」は、体全体の緊張に。宮本武蔵は目の緊張を「ひんむきの目」と呼び、理想は目元をゆるませての周辺視、「遠山(えんざん)の目付(めつけ)」だと説いた。部分ではなく、ふわりと全体を捉える視線を意識。
【背骨】「頭の先からお尻まで背骨全体で上下に綱引き」
上方向だけでなく、下方向も伸ばすのがポイント。
仙骨を基点にして、背骨の上部は天へ、下部は地へと、上下に引っ張り合うようにして体の軸どりをする。上方向に伸ばす際に胸を張ると反り腰になってしまうので、胸は落とすイメージで下げること。
【足裏・足指】「植物が水を 吸い上げるように足裏3点と足指が地球を捉える」
足裏と足指は地面との接点。ふわりと置きつつ引き上げる。
足の親指の真下の母趾球と、小指から少し下がったところにある第5中足骨底、踵骨の3点を基点にして、足裏全体と足指が地面に触れているのが理想的。3点で地面をふわっと捉えながらも足を引き上げる感覚で。武術ではこれを「浮き」と言う。
【口内】「口の中で風船が広がっている。舌まで脱力させるべし」
食いしばることなく、舌は上顎に寄り添うように。
歯の接触は食いしばりの始まり。かみ合わせる筋肉の脱力は肩周りのゆるみにもつながる。歯と歯は触れ合うか触れ合わないかくらいが理想的。舌は上顎に寄り添うようにつけるのが自然体のポジションだ。
【仙骨】「しっぽを丸め、おへそは体の内へ。 体の中心で“本腰が入る”」
ゆるやかに後傾させて、体の上下をつなげる。
仙骨は背骨の最下部(腰椎)とつながる手のひら大の骨。その先端にしっぽがついているイメージで丸めるようにすると、骨盤が後傾し、おへそが体の深部に入るような感じになって、体の上下のつながり感が増す。
日常の動作でも応用してみよう。
【電車に乗る】「揺れても倒れない柳のようにしなやかに」
足裏は「浮き」をかけて踏ん張らない。
揺れている電車に踏ん張って立つと、急停車した時に「おっとっと」とバランスを崩しやすい。それは体の支点に力みやこわばりがあるから。免震構造の建物のようにしなやかに揺れを受け流し、足裏と足指は先に紹介した「浮き」の状態にすると姿勢が崩れない。
【歩く】「脚の始まりはみぞおちから。腹を基点に大きく1歩前へ」
歩幅が無理なく広がって体幹を使った歩行に。
歩く時は股関節から脚全体を引き上げるイメージで。お腹から脚が生えていると思うと自然と大きく動ける。「地面とけんかしない」「やわらかく」が古武術では重要。足裏がそっと地面に接するようなやわらかい感覚を持ちながら足を運べば、安定した歩行となる。
【座る】「ふわふわの雲に乗っているくらいお尻はやわらかく」
固まると凝りにつながる。巡りがよくなる姿勢で。
立っている時同様、背骨は上下に引っ張り合うように軸取りをする。左右の座骨が座面を踏んでいるのを感じながら、これも「浮き」の技術を使って、座面にかかる負荷を全身に散らしていくようにふわりと座る。座面に接するお尻をやわらかくするようなイメージで。
『クロワッサン』1110号より
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