専門医に聞く、がんの正しい怖がり方。その知識はもう古い!?
撮影・青木和義 イラストレーション・クリヤガワレイ 構成&文・堀越和幸
こんなことありませんか?
□ 生活習慣が乱れがちだ
□ 我が家はがん家系である
□ 最近、便に血が混じる
□ ウイルスに感染しやすい
□ 生活にストレスが多い
□ 定期検診が嫌いである
今は日本人の2人に1人はがんになる時代であるという。
「がんは死に結びつく病気なので、診断されると誰もがショックを受けます。がんは怖い。けれども怖いからといって逃げているのが一番よくありません」
と語るのは、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科医の勝俣範之さんだ。国立がんセンターを経てから現職に至るまで長きにわたってがんと向き合ってきた勝俣さんによれば、この30年のがん治療は驚くべきほどの進歩を遂げているらしい。が、その一方で、
「病気に対する一般の人の誤解も相当根強くあると思います」
理由は進歩に見合う、私たちの知識の更新ができていないから。
「なるほどがんは治すのは難しい。けれども今はうまく共存できる時代になりました。そのためにも冷静に情報を見分けて、正しく怖がりましょう」
がんになっても、あせらない・あわてない・あきらめない。勝俣さんは患者さん全員にこの言葉を送っている。
がんは生活習慣病である。【✗】
お酒もタバコもやらない。食生活だって野菜中心、毎日歩くよう心掛けている。それなのにがんになってしまった。私の何がいけなかったの?
勝俣さんによればーー。
「この人は何も悪くありません。いくら健康に気を使っていてもなるときはなる、それも急になるのが、がんという病気の特徴だからです」
下に示したのは日本人ががんになる環境的要因のグラフだ。
「かつて厚労省もがんを生活習慣病と呼んでいましたが、3〜4割ほどの要因でそう決めるのは無理があります」
では、どうしてがんになるのか?
「人間の体は細胞分裂を繰り返していますが、時にそれがコピーエラーを起こしDNAに傷をつけてしまう。それががん細胞を生み出す大きな原因です」
この“偶発的要因”とも呼ばれる現象はがんの原因のおよそ6割も占めると見なされているから、がんと診断されて自分の実生活とその因果関係を過剰に結びつけて考えるのは、あまり科学的な行為とは言えないようだ。
「グラフに立ち返りますと、とはいえ喫煙、感染、飲酒はそれなりに高い数値なので、予防という観点からは気をつけたほうがいいのは確かです」
意外なのは、食に関する要因がどれも微々たる数字であるということ。
「よく言われているストレスもこのグラフに入っていないくらいなので、必要以上に気にしなくていいと思います」
●日本人のがんの環境要因
“がん家系”の人はがんになりやすい。【✗】
巷でよくなされる会話に“ウチはがん家系だから自分もなりやすい”というのがある。定説とも言えそうなこの手の話は、果たして真実なのか?
「もしそうだとすると、今や、2人に1人ががんになる我が国では、みんなががん家系になってしまいますね」
という勝俣さんの親族も2人の叔母が乳がん、叔父が肺がん、祖父が白血病なのだそうだ。けれども勝俣さんは自身をがん家系とは呼ばない。
「医学的に言うならば、ある特定のがんになる特定のがん遺伝子がある、と言うことができます。が、そもそもその数は少なくて、5〜10%くらいの割合と見られています」
特定のがん遺伝子によるがんは“家族性がん”と呼ばれ、代表的なものには乳がん卵巣がん症候群が挙げられる。
「特定のがん遺伝子は親から子に5割くらいが遺伝し、その8割くらいの確率で発症するといわれています」
自分がそうであるかないかは専門の血液検査でわかるが、検査自体は高額なので、気になったらまずは専門医に相談に行くのが賢明とのこと。
50歳を過ぎるとがんになりやすい。【○】
がんになる大きな原因は、細胞のコピーエラーによる偶発的要因であることを前項で紹介した。
「そして、年齢を重ねると細胞も老化していくので、そのコピーエラーの確率は年々高くなっていきます」
よって、50歳を過ぎるとがんになりやすいは、残念ながら◯となる。
との理由から、そもそもがん検診には、対象となる年齢設定があるのをご存じだろうか?
「乳がん、大腸がん、肺がんはそれぞれ40歳以上、胃がんは50歳以上が対象となります」
検査方法は、乳がんがマンモグラフィ(乳房の撮影)、大腸がんが便の潜血検査、肺がんが胸部X線、胃がんが胃X線、胃内視鏡検査が代表的なところ。
「すべてのがんに検診が有効というわけではありませんが、右記のがんには早期発見の手立てとなる場合が少なくないので意識的に受けてみましょう」
定期検診をしていれば がんは必ず見つけられる。【✗】
がんにおける大きな誤解の一つに検診がある、と勝俣さんは語る。毎年検査して異常がないから自分は大丈夫。そう思うのが人情だが……。
「問題はがんのスピードです。がんによっては年に一回の検診もすり抜けて進行してしまうものがあるからです」
下はがんの進行速度を4つに分類して表したグラフだ。縦軸ががんの大きさで横軸が時間。がんの大きさは、大きくなるほど死亡のリスクが上がる。
「急速がんは数カ月で進行する可能性があるので、実は検診には不向きです。一方、超のんびりがんと進行しないがんは放っておいてもがん死に至るリスクは低く、むしろ検診を受けたせいで過剰な治療や手術がなされ体にダメージを与える場合があります」
●進行速度によるがんの分類
ということで検診が有効ながんは時間の経過に比例してゆっくり大きくなる“のんびりがん”ということになる。のんびりがんで代表的なのは、胃がん、大腸がん、肺がん、子宮頸がん、乳がんの5つで、これらは前述の検診の対象となっているものなので理に適っていると言えるだろう。
ちなみに急速がんで代表的なのは血液のがんだが、血液以外の固形がんにも一部はある。そして超のんびりがん、進行しないがんで代表的なものには前立腺がんや甲状腺がんが挙げられる。
「ただしこれはあくまでも傾向の話なので、どんながんにも急速に進行する可能性があることは忘れないでください」
初期のがんは症状がない場合が多い。【○】
初期のがんは症状が出にくい。それを見つけるのが検診の役割だが、勝俣さんによればある種の自覚症状にもヒントは隠されているという。
「乳房などのしこりや、大便、小便などに血が混じっているときは、それぞれ乳がんや消化管のがん、尿路系のがんの可能性があります。食事中に物を飲み込むのがつらいと感じたら、食道がんを疑ってみる必要があります」
そして大切なことは、これらの症状を感じたらーー。
「怖がって放置しないことです。症状があると進行している場合もありますが、早いほど治療の選択肢は広がるので、迷わず医師に相談に行きましょう」
女性ホルモンの増減はがんに影響する。【○】
女性ホルモンを過剰に曝露すると、乳がん、卵巣がんになる確率が高くなるといわれている。
「未婚の若い女性にそれらのがんが多いのは、女性ホルモンによる影響が大きいからだと思われます」
一方、更年期を控えた、クロワッサン読者世代にも注意が必要だ。
「この世代ではホルモン補充療法やサプリなどで補っている人も少なからずいるかと思いますので、過剰な摂取にはくれぐれも気をつけてください」
自分の体の声に耳を傾けつつ、婦人科医の指導のもとコントロールしよう。
がんは進行の具合によって、4つのステージがある。【○】
がんは腫瘍の大きさ、そしてリンパ節や他部位への転移の状況で4つのステージに分類される。
「一般的にはステージⅠ、Ⅱの段階を“早期がん”、ステージⅢ、Ⅳの段階を“進行がん”と呼んでいます」
ただ……と勝俣さんは言葉を継ぐ。
「ステージⅣを末期がんと呼ぶ人がいますが、それは誤りです。確かに進行はしていますが、私の患者さんではステージⅣで最高40年生き延びた人がいます」
なるほど20年ほど前は1年生きるのがやっとだった。けれども今は医療の進歩のおかげでステージⅣでも5年、10年延命する人は決して少なくない。がんとうまく共存しなければいけない。
「緩和ケア」はいわゆる最後の手段である。【✗】
緩和ケアと聞くと、もう終わりと考えてしまう人もいるが、これも誤解だ。
「手術、放射線、抗がん剤に次いで今では第4の医療として、進行に関係なく取り入れるのが当たり前です」
2010年に権威ある医学界雑誌で発表されて話題を呼んだデータがある。進行がんの患者を抗がん剤治療のみを行うグループとプラス緩和ケアを行うグループとで比較したら、後者のほうが平均2.7カ月の延命効果があったというものだ(下表)。
●緩和ケアの延命効果
「2.7カ月というと案外短く感じるかもしれませんが、ノーベル賞の本庶佑先生が開発に関わって世界から注目された抗がん剤、オプジーボの延命効果が約2.8カ月と聞けば、そのすごさがわかろうというものです」
早期緩和ケアはACP(アドバンス・ケア・プランニング)という名で、現在多くの医療の場で展開されている。
「標準治療」より「先進医療」のほうが有効だ。【✗】
標準治療=並の治療、というふうに思っていないだろうか? だとしたら大きな誤解、と勝俣さんは言う。
「英語でスタンダードセラピーと言いますが、このスタンダードには“全員が行うべき優れたもの”という意味があります。つまり標準治療とは最高最善の治療、という意味なのです」
この保険適用の治療が“最高最善”とされる最大の理由は、効果があるかどうかを徹底的に調べ抜いているから。
「新薬の開発というのはとても厳しく、マウスなどの基礎研究の後に3段階の臨床試験をクリアしなければなりません。そうしたプロセスを経て最後に残るのは1万個に1個くらいの確率です」
一方の先進医療とは、まだ保険適用には至らない研究段階の治療のこと。
「効くかどうかの信頼性の高いデータが得られておらず、副作用に対する評価も定まっていません」
下の表を見てみよう。標準治療以外は全てが未承認治療で、その中には医師や製薬会社が行う治験、先進医療、そして自由診療と民間療法からなる代替療法という区分がされている。
●受けるべき治療はどれか?
「医師の自由診療には気をつけてほしくて、科学的根拠に乏しい治療を高額で行うところがあるから要注意です」
話を標準治療に戻せば、その大きな柱は手術、放射線治療、薬物療法、緩和療法の4つとなる。
「これらをがんの種類や進行具合によって組み合わせますが、抗がん剤だけでも150種以上あるので、実際の治療のあり方は千差万別と言えます」
がんの種類によっては予防注射がある。【○】
上で紹介したがんの環境要因のグラフを思い出してみよう。感染によるがんの発症率はなんと20.5%にものぼっていた。
「ヒトパピローマウイルスや肝炎ウイルス、ヘリコバクターピロリ菌などがそれに該当しますが、それぞれ子宮頸がんや肛門がん、肝がん、胃がんを引き起こすことで知られています」
そのからくりとしてはウイルスが体内に入り正常細胞に感染して遺伝子異常を引き起こすという仕組み。だがこれらのがんはワクチンを打つことで、ある程度の予防ができるのだという。厚労省のホームページによれば、日本では毎年1.1万人の女性が子宮頸がんに罹患している。
「ワクチン注射と定期検診を併用すればさらに心強い対策になるはずです」
がんの専門医は外科医だ。【△】
これが欧米で訊いた質問となれば答えは╳となる。なぜならば、欧米でがんの専門医と言えばそのほとんどが腫瘍内科医で、英語で言うところの“オンコロジスト”であるから。
「日本ではがんが見つかれば外科医のもとに訪れ、標準治療として手術を勧められるのが一般的です」
外科医の仕事は手術をすること。ではあるのだが、時にそれが過剰適応になる場合がある。それにーー、
「医者が処方する薬の中で一番副作用があるのは抗がん剤でその抗がん剤は150種以上もあります。詳しい知識がないと副作用管理はなかなか難しい」
欧米では腫瘍内科の専門医制度が確立していて、抗がん剤のみならず治療方針などを決めるのも彼らの仕事だ。
「アメリカの腫瘍内科医の数は日本の12倍。日本ももっと増えてほしいです」
『クロワッサン』1104号より
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