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『音の記憶』小川理子さん|本を読んで、会いたくなって。

芸術と技術の橋渡しが私の役目です。

おがわ・みちこ●1962年、大阪府生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業。’86年、松下電器産業(現パナソニック)に入社。音響研究所に配属され、数々のユニークな製品を手がける。現在、同社役員。プロのジャズピアニストとしても活躍、CDも出している。

撮影・岩本慶三

2014年ベルリンで開催されたIFA(国際見本市)のニュースを見た音楽好きは、椅子から転げ落ちたに違いない(もし椅子に座っていたらの話だが)。惜しまれつつも生産終了となっていたオーディオブランド、テクニクスが突然復活。しかもその陣頭指揮を執るのが女性。しかもピアニスト?

「一体誰?と驚き、訝しく思った方も多いかもしれませんね」

当の本人である小川理子さんは笑う。だが本書を読めば疑問は氷解するはず。小川さんは’80年代に松下電器産業に入社、オーディオ畑を歩み、数々の名機の誕生に関わってきた人なのだ。そもそもオーディオほど女性と縁がない趣味はないと言われますが……。

「周波数特性やケーブルの接続など、難しいことが多いですからね。私も会社に入るまでは、趣味でピアノを演奏するただの音楽好きでした。でも上司に、音楽を理解する者の感性で、芸術家と技術者のミゾを埋めてほしいと言われ、その気になってしまったのです」

製品を開発する技術者に求めるのは、音が出る瞬間のエネルギー、ダイナミクスをあまさず再現すること。そして長時間聴いていても疲れずに楽しめる音であること。

「加えて、音楽に絶対必要なものが色気。でもこれは言葉だけでは技術者に伝わりません。色気のある音とはどんな音か、たとえばお腹から発声する声の周波数はこうなる、とぜんぶ数値にして説明しないと伝わらないんですね」

音楽のこと、オーディオのことを語る小川さんは生き生きとして、ほんとうに楽しそう。だがその会社人生は順風満帆だったわけではない。30歳のときにプロジェクトが解散、好きな仕事から引き離されてしまう。だがそんな彼女を救ったのも音楽だった。会社を辞めようか悩んだとき、先輩にジャズを演奏しないかと誘われたのだ。

会社の仕事は続けつつ、プロのジャズピアニストとしてCDをリリース。「ハーレム・ストライド奏法」という、アメリカでも弾き手が少ない古典的な演奏法が話題になり、専門レーベルから渡米を勧められるまでになるのだが……。その後の経緯はぜひ本書を。

小川さんは現在、国内屈指の電機メーカーの役員。音楽・オーディオ業界は世界的に縮小傾向にあるなかで、社内ではどう思われているのか心配になってしまう。

「それが、もともとテクニクス復活は社員から出た企画でしたし、若いみんなも、テクニクスかっこいい! と言ってくれますよ」
音楽好き、オーディオ好きとしては、ほっと胸をなでおろした。

文藝春秋 1,350円
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