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『ジニのパズル』崔実さん|本を読んで、会いたくなって。

30歳目前、大人として私に何が書けるか。

チェ・シル●1985年生まれ。在日韓国人3世。東京で販売員として働くかたわら執筆した『ジニのパズル』で2016年、第59回群像新人文学賞を受賞。同作は第155回芥川賞候補ともなった。ここ数年は、小説のほか、絵本作品にも取り組んでいる。

撮影・岩本慶三

「これまでは、在日韓国人の自分が在日をテーマに小説を書くのは当たり前過ぎてつまらないって、あえて避けていました」

物心ついた頃から書くことが日常の一部。20歳を過ぎて本格的に小説を書き始めたという崔実さんのデビュー作となったのが、この『ジニのパズル』。日本で生まれ、日本の小学校を経て朝鮮学校に通い、その後、米ハワイ、そしてオレゴンへ。崔実さんと同じ経歴の在日韓国人の少女、ジニが、オレゴンで出会った絵本作家のステファニーと心を通わせ、朝鮮学校での出来事を回想しながら自分の存在を受け入れていく物語だ。

「この作品を書いたのが29歳。それまでは、書くことは自分の中の毒を吐きだす作業で、呼吸と同じ、生きるための手段でした。けれど30歳を目前に、大人として自分に何が書けるだろうって考えるようになった。その答えが、日本にも、在日社会にも、アメリカにも、どこにも当てはまらないジニの新しい在日の物語を書くことでした」

口が悪くて暴れん坊、学校に馴染めないジニは、いわゆる問題児。けれど、危なっかしいほど純粋で生命力溢れる、とびきりパワフルな主人公だ。朝鮮学校の教室に飾られた“肖像画”に激しい違和感を抱き、ある事件に繋がっていく。

「10代の頃は私もジニみたいにやんちゃだったかも(笑)。自分がどこにも属していない感覚や漠然とした不安が常にあって、とにかく安心できる場所を欲してた」

“空が今にも落ちて来そうだ”。作中に登場する、ジニの逃げ場のない感情を象徴的に表したこの台詞は、実は崔実さんの過去の日記から引用したものだ。

「私の日記は少し変わっていて、日付や出来事ではなく、タイトルとそのときの感情が書いてあるんです。このときは、“空が落ちる。私はどこに逃げようか”って。執筆しているなかで、あのときの私の言葉はいまジニが言うべきだ、って運命のように感じました」

そうして、過去の自分と対話をするように、ジニとステファニーの会話を紡いでいった。

“大人として自分に何が書けるだろう”。その問いの先にあったのは、青春時代に誰もが抱く不安や孤独を、優しく、寛容に掬い上げてくれるような小説だった。

「自分と同じような生きにくさを感じている子どもたちに、直接出会わなくても、物語を届けられたら。そして、私が本や映画に救われたように、誰かがふと楽になる瞬間があればいいなと思います」

講談社 1,300円
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