『埼玉マンション物語』 著者 篠田節子さんインタビュー ──「取り上げる題材は社会的広がりのあるものを」
文・中條裕子 撮影・北尾 渉
物語の舞台となっているのは、埼玉のとあるファミリーマンションだ。ここに独り住んでいるのは、36歳、会計事務所に勤務する小坂香織。30年ローンを組んで購入した新築マンションの一室で、日々ごく当たり前に暮らしている。
「中古ではない物件を、普通の会社員の女性がローンで買えるところはどこだろうと考えて、舞台となる場所を探しました。埼玉といっても、所沢はタワーマンションが多い。その近くの駅に降りてみたらショッピングモールもあり、ここかな、と。そして、価格のことを考えて、駅近ではなく、歩けるけれど通勤する人は自転車を使ったほうが早い、その微妙な距離を考えて設定しました」
実際に舞台となる西武線沿線に出かけて歩いてみたという、篠田節子さん。小説内ではそこまで説明されておらずとも、確固たるリアリティが背景にあるからこそ、時折垣間見える非日常的なエピソードが際立ってくるのだろう。
「もともとは短編1本のつもりで書いたら、その後に連作となることが決まって。当初は一話の中で完結させなければいけないと思っていたんです。すると、小説としての世界観は大きくなくてはいけないけれど、舞台はあまり遠く離れたところへ持っていけないな、と」
そうしたことを考えて、思い浮かんだのがマンションだったという。確かに1棟の中に、上下の階があり、同じフロアに何軒もの部屋が並ぶマンションは、多くの人が暮らすだけに、思いがけないことも起こりうる。実は、篠田さん自身にも経験があった。
「同じフロアで自殺未遂者が出てしまったんです。その部屋がしばらく空室になっていたと思ったら、ヤクザが入室していた。しかも、清掃スタッフの女性と話をしていたら『あの部屋、幽霊が出るよ』ということで……」
次々と降りかかってくる、マンションならではの問題
日常的な生活空間に潜む、思いがけない出来事。それは、ちょっとしたことから、暮らしを左右することまで、多岐にわたる。物語の中でも、一人暮らしの香織の身に、管理組合の理事長役が回ってきたり、マンション瑕疵の発覚や住民同士のトラブルなどが次々と降りかかってくる。どれもマンション住まいには“あるある”な問題だ。関わる人々も一見するとごく普通でありながら、それぞれ個性を持った人物たち。
「マンションにはいろいろな人がいるけれど、特に清掃スタッフや管理人さんは、重要な役割があっても、あえて取り上げられることのない人たち。そこに光を当てたいという気持ちはありました」
そう語るように、第二章、三章と進むうち、日頃は目立たぬ脇にいる人たちが歩んできた人生があらわになっていくのも読みどころ。そうした世界に触れるうち、気持ちが温かくなったり、驚きを感じたり。一編ずつ読み進めるうち、さまざまな世界が広がっていく楽しさが、ここにはある。
『クロワッサン』1176号より
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