考察『豊臣兄弟!』39話 “豊臣家のため”葛藤を引き受ける茶々(井上和)VS.寧々(浜辺美波)の弓道一本勝負。
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
妻は一人という“設定”
秀吉(池松壮亮)の妻は寧々(浜辺美波)だけ。
この設定、後々どうするんだろうと思い、これまで観てきた。
その答えが示された39話である。
戦国期の有力武将には、複数の妻を持つ者が珍しくなかった。
死と隣り合わせの時代では子をできるだけ多く作り、生き延びさせることが、家を守ることに直結する。
その戦国の常識に、本作の豊臣兄弟はどう向き合うのか。
於次秀勝(柊木陽太)が重い病の床についた。
子に恵まれなかった秀吉と寧々の夫婦は、織田信長(小栗旬)の五男である於次丸を嫡男として迎え入れたのだ。
この嫡男の重態によって、豊臣家の後継者問題が一気に深刻化する。
「今すぐ死んでくれんかのう」
関白秀吉の後継者問題とは別に、徳川家康(松下洸平)との駆け引きも並行して進む。
秀吉は、徳川家家臣・石川数正(迫田孝也)を大坂城に呼び出し、真田と和睦するよう命じた。
天正13年(1585年)8月。
真田昌幸の拠点である上田城(現・長野県上田市)に7,000の兵で攻め寄せた徳川軍は、2,000の兵で守る真田軍に返り討ちに遭い、1,300もの戦死者を出した。
いわゆる第一次上田合戦である。
徳川軍を退けた後、真田昌幸は次男の真田信繁を大坂城へ人質として差し出し、豊臣家に臣従した。
この戦は、大河ドラマ『真田丸』(2016年)で詳しく描かれている。
上田城城主・真田昌幸を草刈正雄が、次男・信繁は堺雅人がそれぞれ演じた。
本作で石川数正を演じる迫田孝也は『真田丸』では真田家家臣・矢沢三十郎頼幸を演じていた。
今作では、そうした合戦の後を描く。
真田に頼られた秀吉は、徳川に上田から手を引くよう促したのだ。
そんな要求はのめぬとする数正に、秀吉は財力と権勢を見せつけた。
京に新しく作る聚楽第の構想を語り、徳川への土産として金塊を渡して微笑む。
「真田と仲良うしてちょ」。
場面変って、徳川家康の拠点・浜松城。
豊臣の意向を聞いた徳川家臣団は憤慨した。
豊臣討つべしの声に、数正は反対する。
小牧長久手合戦(35話/記事はこちら)から2年も経っていないのに、豊臣の力は数倍、いや数十倍強くなっているのだ。今戦っても勝てない。
それがわかっているのは、直接大坂城に出向き、その目と肌で豊臣の脅威を知る石川数正だけである。
家康は数正に「秀吉めに勝つ策はあるか」と問う。
数正は、秀吉と秀長には良い後継者がいないことを挙げ、豊臣兄弟が死ぬのを待つことが唯一の策と答えた。
秀吉は天正13年で数え年49歳、家康は43歳。
家康の若さと、すでにもうけている複数の男子が、徳川の武器となるはずだ。
苛立つ家康は一言、
「秀吉と秀長、今すぐ死んでくれんかのう」
徳川家臣団は、待ってはおられぬ、戦支度をしようと息巻く。
沈黙する石川数正の背中。
ここである決意が固まったのか。
制作陣は鬼ですかね?
秀吉が頭を悩ませているのは、茶々(井上和)の輿入れ先である。
秀吉「初も江も嫁ぎ先が決まって、あとはそなただけじゃ」
茶々19歳、初(田牧そら)16歳、江(西川愛莉)13歳。
初は近江国の名門・京極家の当主、京極高次に嫁ぐ。
江は丹波国亀山城城主・豊臣秀勝の妻となる。
この豊臣秀勝は豊臣兄弟の甥にあたり、於次秀勝とは別人だ。
豊臣兄弟の姉・とも(宮澤エマ)と長尾吉房(上川周作)の次男で、今までドラマ内では
「小吉」と呼ばれていた人物である。
のちに江は豊臣秀勝との間に、女児を一人もうける。
妹たちの結婚が決まっても、茶々は政治の道具に使われるのはごめんだと拒否する。
ここで、秀吉が、結婚がどれほどいいものか茶々に説いてくれと連れてくるのが、妹のあさひ(倉沢杏菜)と副田吉成(前原瑞樹)って……。
ここで改めて、あさひ夫婦がどれだけ仲が良いかを強調する展開だ。
次回予告と併せて考えると、制作陣は鬼ですかね? と問いたくなる。
いったん史実を整理します
加藤清正(伊藤絃)と福島正則(松崎優輝)が石田三成(松本怜生)をぶちのめしている。
止めに入った秀長に、三成は
「殿下がもう一人、妻をお迎えになるべきだと言っただけでござる」
「武家の当主が、跡継ぎを絶やさぬようにするのは世の習いにございまする」
当時の考え方としては、いちいちもっともである。
さて、ここでいったんドラマを離れて、史実の秀吉の妻たちを見てみよう。
近年の研究では、戦国時代の武将の妻を考える際は、独立した屋敷、御殿を与えられていたかどうかが、重要な判断材料とされる。
また、正妻が他の妻を認めるかどうかも、家中での待遇を左右した。
36回(記事はこちら)で、家康の次男・於義伊(立花利仁)とその母の冷遇について述べた。於義伊の母が、家康の正妻である築山殿に、妻として承認される前に於義伊が生まれたことが要因とされている。
家康のせいではないか? と理不尽に感じるが、正妻が妻、妾の存在を認めるか否かはそれだけ大きな影響があった。
史料をたどると、秀吉には寧々以外にも複数の妻がいたことがわかる。
長浜城(現・滋賀県長浜市)は寧々が居住していたが、同時に「南殿」と呼ばれた女性も城内の御殿に住んでいた。
琵琶湖の竹生島宝巌寺には、天正4年(1576年)、秀吉の母と秀吉、南殿がそろって寄進した記録が残る。
南殿は石松丸と名付けられた男子と長浜城に住んでいたが、この石松丸が秀吉の実子なのか、南殿の連れ子なのかははっきりしない。
その後、石松丸は幼くして亡くなってしまい、南殿も天正5年以降は竹生島宝巌寺の記録から消えた。
「姫路」と呼ばれた女性は、秀吉が出した書状にその名が見られる。
秀吉が播磨国攻めにかかりきりであった頃に、姫路城(現・兵庫県姫路市)に住んでいた。
織田信長の弟・織田信包の娘とされている。
秀吉が天下人となったのちに一旦は大坂城に移ったのだが、その後は姫路の母親が引き取り、豊臣秀吉の妻としては、表舞台からフェードアウトしていった。
のちに「松の丸殿」と呼ばれることになる、京極龍子。
先述の、初の嫁ぎ先、京極高次の姉に当たる。母方の血筋では、浅井三姉妹の従姉妹でもあった。
若狭守護・武田元明の妻だったが、天正10年の本能寺の変後、夫が明智光秀勢に加わり敗死。龍子は夫の仇である秀吉の妻となった。
この他にも、織田信長の娘である三の丸殿、前田利家(大東駿介)の娘の前田摩阿など、妻とされる女性は複数いた。
豊臣秀吉は好色という印象で語られることが多く、事実そうであったかもしれない。
だが、戦国時代の妻は子をもうけるだけの存在ではなかったのだ。
家同士の関係を強め、居城の家臣やその家族のとりまとめ、内政や人材育成に携わるなど、さまざまな役割を担っていた。
あるいは、自身と一族の生き残り戦略として妻となる女性もいただろう。
天下人へと飛躍した豊臣秀吉の妻たちを、好色の結果としてのみ語るのはいかがなものだろうかと考えている。
みずから切り出す寧々様…
本作では、ここまで秀吉の妻として登場するのは寧々ひとり。
加藤清正と福島正則は、
「殿下は、ここまで支えてきたお寧々様を悲しませるような真似はなさらぬ」
「そうじゃ」
と鼻息荒く語る。
ふたりに同意を求められて、三成の意見に賛成だと述べる秀長。
於次秀勝が倒れた時から頭にあった危機感として、兄・秀吉の説得に動いた。
「跡継ぎを作らねば、我らが作り上げてきたものが水の泡じゃ」
秀吉は甥の秀次(山田涼介)がいるから安泰だと反論するが、秀長は、秀次は天下人の器ではないと率直に伝える。
不承不承、新たな妻を承知した秀吉だが、秀長から候補者の名を聞いて仰天した。
「茶々だと! 頭を冷やせ! いくつ離れていると思うておる」
「寧々がどれほど傷つくか。茶々がここに来て2年、娘のように可愛がってきたのだ」
あくまでも秀吉を、明るく、現代人から見てまっとうな人物として描こうとする本作なので、こうした怒りは出てくるだろうなと予想できた。
ただ、秀長が家のために糟糠の妻を傷つけてでも若い妻を娶れと兄に迫るのなら、自身の家のほうはどうなっているのだという気はする。
天正10年に嫡男の与一郎(大西利空)を亡くして以来、娘の末(池端杏慈)に婿を取るでもない。慶(吉岡里帆)以外に妻を持たず、養子を育てている気配もない。
史実では、秀長も複数の妻が存在し、丹羽長秀(池田鉄洋)の子、仙丸を養子としている。
関白の継承者と、弟である秀長の家の問題は同一には語れない。
しかし、秀長が世の安定には家の継続が不可欠であるという視点を持つのであれば、自身の家の行く末にも、もう少し目を向けていたほうが自然ではないか。
豊臣兄弟を現代の感覚に合わせた「いい人」として描いてきたために、39話はちょっとおかしな流れになっている。
秀長は寧々と茶々を説き伏せると請け負ったが、兄弟のやり取りを聞いていた寧々が現れた。
「かまいませぬ」
「私にとってはこの家こそが、あなたとの子なのです。その子を守るためなら、どんなことでも喜んで受け入れまする」
家を守るためなら、自分の気持ちさえ押し殺す。
寧々──関白の妻、北政所としての覚悟が痛々しいほどに伝わってくる。
女たちが涙を流す
寧々の説得は不要だったが、茶々は秀長の話を聞いて激怒した。
秀長にガンガン矢を射かけるが、寧々も承知の話だと聞いて手を止める。
「北政所様も? そのようなこと、あるはずがなかろう」
この台詞に、この2年のふたりの関係、茶々の寧々への信頼を感じる。
秀長は攻撃がやんだ瞬間を逃さず、説得を試みた。
秀吉はいまや、天下人である。
その子を茶々が産めば、織田と浅井の血を受け継ぐ子が、天下人の世継ぎとなるのだ。
「きっと、お市様(宮﨑あおい)も喜んでくださるはず」。
なお逡巡する茶々に、寧々が弓勝負を挑んだ。
「私が勝ったら、この家のために殿下の妻となってもらいます」
「あなたが勝ったら、あなたの好きになさい」
一射勝負の的を前にして弓を引き絞った茶々の脳裏に、母・お市の最期の言葉が蘇る。
己の道を己で決める、そんな日が娘に来ることを願っているのだと言ってくれた母。
的の中心を、あやまたず射貫いた茶々は、寧々の前にひざまずき願い出た。
「父と母の夢のため、豊臣の家のため。殿下の妻になりとうございます」
恋慕の情ゆえではない。
すべての民を豊かにしたいと願う秀吉は、父・浅井長政(中島歩)と母・お市のような、落城で命を落とす者が出ない世を作ることができるはずだ。
豊臣の天下を盤石にする、これが私の願いだと茶々の心は定まったのだった。
寧々は茶々の手を取って立たせ
「これからは共に、この家を支えておくれ!」
これに応えて茶々
「はっ! ありがたき幸せ!」
武士同士の、主従の契りのようだ。
少々疑問の残る39話だが、良かったと思える点が二つある。
寧々と茶々が、秀吉を巡ってのライバル関係ではないと示されたこと。
武家の正妻は他の妻の上に立ち、主従にも似た関係であったと描かれたこと。
どちらも近年の研究を反映していると考えられる。
決定権が女たちに委ねられた、弓勝負。
その後に、秀長に寧々が心を打ち明けた場面は胸が痛むものだった。
「私は願ったのです。茶々が殿下の妻にはならぬと言ってくれることを」
「家を守る、それがなんだというのじゃ!」
副題は茶々の本心だが、寧々の本心も露になった、悲しい回だ。
これまで、万事円満な世を目指して奔走してきた秀長。
だが天下の安定のために家の存続を優先するあまり、豊臣家の女たちが涙を流すことになる。
これは本当に、万事円満なのか?
ともあれ、茶々が秀吉の妻となり、豊臣の後継者問題は一縷の望みを得た。
そこに、衝撃的な事件が起こる。
天正13年11月。
石川数正が徳川を出奔し、豊臣家に仕官を願い出た──。
次回予告。
石川数正の真意は一体。
豊臣と徳川の戦を回避するため出された案は、両家の婚姻。
とも「あのふたりを離縁させるってこと?」
引き裂かれる、あさひ夫婦。
良い考えがある。秀長か秀吉が家康の城に行けばいいじゃん。
そこで家康と、腕相撲でも往復ビンタ合戦でもやって勝手に決着つければいいじゃん。
あさひちゃんを泣かせるな! バカ!!!!
40話、つらいけど見届けます……あさひちゃん……。
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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山田涼介、井上和 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
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主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
黒田基樹(著)『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
黒田基樹(著)『羽柴秀長とその家臣たちーー秀吉兄弟の天下一統を支えた18人』角川選書,2025年
柴裕之(著)『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹(著)『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
和田裕弘(著)『豊臣秀長ーー天下人の賢弟の実像』中公新書,2025年
福田千鶴(著)『豊臣家の女たち』岩波書店,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年