考察『豊臣兄弟!』38話 秀長(仲野太賀)による“プロジェクトX”始動…そしてついに“豊臣兄弟”へ!
文・ぬえ イラスト・南天 編集・小池貴彦
お人よしの国主
史料に残る羽柴秀長(仲野太賀)の大和国統治は、ドラマのように万事円満とはいかなかった。
入国直後は奈良の商人に、味噌や酒、薬、硫黄などの売買を禁じ、郡山でのみ商うよう命じる強硬な手段に出たと、当時の僧侶が記した『多聞院日記』にある。
『豊臣兄弟!』38話のように、秀長は奈良の商人たちとの話し合いをした上で、
羽柴小一郎秀長
「ひと月で郡山を栄えた町にしてみせよう。もしひと月で何も変わらなければ、その時はそなた達に従おう」
などとムチャな賭けを持ちかける、お人よしの国主ではなかったようだ。
ただし、奈良商人の訴えを部分的に聞き入れて、廃止する座(商工業の同業者組合)を限定するなど、交渉には応じていたとの史実もある。
対話と工夫で万事円満の世を目指す本作の羽柴小一郎秀長は、史料に残る秀長の姿と、まったく接点がないわけでもない。
新たな戦のかたち
秀長と家臣団、チーム秀長は閑散とした郡山城下町に足を運ぶ。
慶(吉岡里帆)から腕のよい筆職人が店を出していると聞き、産業振興の一手にならぬかと思い訪ねたのだ。
筆職人、才蔵(間宮祥太朗)は、既得権益に固執する奈良商人に見切りをつけ、座のない郡山にやってきた。
だが、人がいなければ物は売れない。
「奈良は、我が国の筆の発祥の地にございます」
現存する日本最古の筆は、奈良県の正倉院に収められている。
筆の製法は空海が唐へ留学し、大同元年(806年)に帰国した際に持ち帰ったという説が有力だ。
誇りを持って筆づくりをしていると語る才蔵の人柄を評価する秀長は、その筆で町を栄えさせることを思いつく。
当時の人々にとって、筆は必需品だ。
だが、筆で人を町に集める策とは、一体……。
郡山城に戻り、才蔵も一緒になって頭を悩ませるうち、藤堂高虎(佳久創)が朗らかに語る。
「いつもは槍や刀を手に戦場を駆けまわってきた儂だが、筆を手に駆け回らねばならんとは」「じゃが、嫌な気がまったくいたしませぬ!」
秀長の家臣団は、のちにそれぞれ城を任され領地を治めることとなる。
特に藤堂高虎、小堀正次(萩原護)は大名となり江戸時代も続く家を築くのだ。
秀長の下で内政に知恵を絞った経験が、のちの領国経営の礎になったと想像すると、感慨深い台詞である。
「新たな戦じゃ。なんとしてでも勝たねばならぬ!」
鬨の声を上げる秀長主従を(……なんだ、この人たちは)顔で眺める才蔵。
とりあえず大きな声を出す。これが羽柴イズムなのよ。
才蔵も羽柴イズムに巻き込まれ、チーム秀長の一員である。
「普通は嫌や思うんです」
新たな町の整備の様子は、なかなかに胸躍る場面だ。
羽田正親(平埜生成)が同じ業種を一か所にまとめる提案をする。
秀長の名で紺屋町の住人のみに染物業を許可し、それ以外には禁ずる公的な文書が現代に残る。
ドラマ内で羽田正親が「買い物がしやすくなる」と挙げた理由の他に、町の住民の特権としての専業が認められた形だ。
この仕組みはその後も受け継がれ、現代の大和郡山市に茶町、綿町、豆腐町などの地名として名残をとどめている。
さらに堺町、奈良町といった地名もある。
栄えている商業都市、堺からも郡山にビジネス拠点の移動を促せないか──。
ドラマでは、秀長がその試みを実践したと描かれた。
秀長は千宗易(吉岡秀隆)に相談する。
のびしろのある新しい町で、商いを広げたい者がいれば紹介してほしいと持ち掛けたのだ。
うーんと首をひねった千宗易、
「ずっと思うてましたんやけど。お武家様の御国替えって難儀そうやなあと」
「正直あれって、お嫌ちゃいますの?」
「普通は嫌や思うんです。自ら進んで行くならええけど。無理強いされても、人はなかなか動かれへん」
千宗易の指摘は、これまでの秀長……百姓にも武士にもない視点である。
百姓は土地に暮らし、武士は主君に縛られる。
だが、商人は採算が取れぬとあらば動かない。
言われてみればと、目から鱗が落ちた様子の秀長。
偉くなると、当たり前すぎることも見落としがちだ。
(そんなん、ちょっと考えたらわかるやろに)顔の千宗易の口ぶりと表情が最高である。
移住協力は断られたが、才蔵の筆を一目見た千宗易は、最高の買い手を紹介してくれた。
トップアーティスト、登場!
その買い手とは。
絵師・狩野永徳(片岡鶴太郎)!
秀長からその名を告げられた家臣団の「うぉっ」という喜び方から、その高名が窺えるというものだ。
日本の絵画史上、最大の画家集団・狩野派の棟梁。
始祖の狩野正信は室町幕府に御用絵師として仕えた。狩野永徳は公家屋敷や各地の武将の城の障壁画を手がける。
織田信長(小栗旬)の求めに応じて安土城、秀吉の大坂城の障壁画も描いている。
当代随一のトップアーティストだ。
要求は高い。
屏風の端から端まで、かすれることなく一気呵成に線を引ける筆。
そんな筆なら、いくらでも買う。
金に糸目を付けぬであろうことはもちろん、狩野永徳御用達の筆とあれば宣伝効果は抜群だ。
色めき立つチーム秀長、筆職人として難題に奮い立つ才蔵。
いまだかつて、誰も手にしたことがないであろう筆への挑戦が始まった。
「豊臣」にこめた意味
天正14年(1586年)。
秀吉は、天皇から新しい氏を下賜された。
豊臣。
「今より儂は、羽柴豊臣朝臣秀吉(はしばとよとみのあそんひでよし)じゃ」
ん? 羽柴が残っていていいの? 羽柴から豊臣へ変えたんじゃないの? と思いがちだが、
羽柴は名字、豊臣は氏。朝臣は、官位五位以上の貴族と武士の敬称としての姓だ。
「羽柴」という名字は豊臣氏が下賜されたのちは公式な文書では使われなくなっただけで、消えたわけではないという説がある。
今回は、その説に則っているのだろうか。
どういう意味かと問われて秀吉、
「万民を豊かにするという意味じゃ。儂を支えてくれる全ての民たち。儂が大切に思う、全ての者たちじゃ」
豊臣の氏の意味は、明確にわかっていない。
秀吉の述懐は、しみじみと良い場面だが、ふと秀吉死後の、方広寺鐘銘事件を連想した。
慶長19年(1614年)、豊臣家が京都に再建した大仏殿のために鋳造した梵鐘の銘に、次の文言があった。
「国家安康 君臣豊楽」
国家が安らかで、君主も臣下も、この国に住む皆が豊かに楽しむ。
この文言は「家」と「康」を分断することで家康を呪詛し、豊臣を君主とするものではないかと徳川方から糺(ただ)された。
この鐘銘をめぐる徳川方との対立は、やがて大坂の陣へと至る、政治的緊張の一因となる。
秀吉が新たな氏「豊臣」にこめた意味を語ったこの場面。
茶々(井上和)が立ち聞きしている。
これは、茶々が秀吉という人間を理解する最初の一端となるだろう。
だが、後に豊臣家に降りかかる惨禍の序章とも読める。
寧々(浜辺美波)の「私もこの家は案じておりますから」の後の、含みのある表情といい。
大坂城のシーンは絢爛豪華な光と、やがて伸びてゆく影を感じる。
脳内再生願います
一方、豊臣家の行く末など知る由もなく、秀長たちは一本の筆に悪戦苦闘だ。
チーム秀長で手分けをして、ありとあらゆる動物の毛を集めて作ってみたが「一気呵成の線」は引けない。
戦国版プロジェクトXだ。
しばし、田口トモロヲの声のイメージで読んでいただきたい。
BGMは中島みゆき「地上の星」。
才蔵は幾度も、線を引いた。
馬、リス、狐、狸、猪。
毛の配合を変え、墨を含ませる。
試せるものは、全て試した──。
だが。
計画は、行き詰った。
そんなとき。
子ども達の書が、くじけそうな才蔵を救った。
陣中見舞いにやってきた慶が手習い所の子ども達からの、応援の手紙を手渡してくれる。
あなたの筆は使いやすいというユーザーの声に励まされる才蔵は、末(池端杏慈)が腰の巾着につけたヤクの毛に目を留めた。
天竺(インド)などから貿易を通じて日本に入ってくるヤクの毛は貴重なもので、戦国武将の兜などに用いられた。
武田信玄をイメージすると思い浮かぶ、あの白いモフモフもヤクの毛である。
これだ!
末のアクセサリーから生まれた筆は、一気呵成に美しい墨の一線を引いた。
できたできたと大喜びするチーム秀長、書き味を試した秀長が示す
「和」。
大和の和、いにしえの政治家、聖徳太子が掲げた「和を以て貴しとなす」の和。
人々の知恵と力を合わせて生まれた筆に、ふさわしい一文字ではないか。
“豊臣兄弟”
プロジェクト・チーム秀長が作り上げた筆で、狩野永徳が唐獅子屏風図を仕上げる。
「めっぽう高いが、それだけの価値のある筆」と狩野永徳からお墨付きを受けた筆は、
永徳筆と名付けられ、郡山の町を潤す。
片岡鶴太郎は、昨年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華夢噺~』の鳥山石燕役に続き、絵師役での出演だ。
主人公が寂しい町を振興させる策を練る姿といい、38話は『べらぼう』を思い出させる。
秀長は決意を新たにする。
「万民をことごとく、豊かにするのじゃ」
兄・秀吉と願いは同じ。
屏風の2頭の唐獅子を眺める秀吉も
「小一郎は、達者でやっておるかのう」
離れていても、ふたりは一つ。
豊臣兄弟、ここに誕生。
次回予告。
50歳を超えた関白・秀吉に持ちあがる後継者問題。
秀長「やはり実子がいたほうが安泰じゃ」
甥の豊臣秀次(山田涼介)がいますけれども……。
秀吉「寧々がどれほど傷つくか」
そういえば本作、これまで秀吉の側室って出てきませんでしたよね。
家康(松下洸平)
「秀吉と秀長、今すぐ死んでくれんかのう」
直球の腹黒暴言! この家康ならきっと方広寺鐘銘にイチャモンつける!
石川数正(迫田孝也)、なにを思う──。
39話が楽しみですね。
*******************
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
【作】八津弘幸
【音楽】木村秀彬
【語り】安藤サクラ
【出演】仲野太賀、池松壮亮、吉岡里帆、浜辺美波、坂井真紀、宮澤エマ、大東駿介、松下洸平、山田涼介、井上和 ほか
【時代考証】黒田基樹、柴 裕之
【制作統括】松川博敬、堀内裕介
【プロデューサー】高橋優香子、舟橋哲男、吉岡和彦(展開・プロモーション)、国友 茜(広報)
【演出】渡邊良雄、渡辺哲也、田中 正
※このレビューは、ドラマの設定をもとに記述しています。
*******************
主な参考文献:
ルイス・フロイス(著)/松田毅一・川崎桃太(翻訳)『完訳フロイス日本史・豊臣秀吉編 合本』中公文庫,1999年
黒田基樹(著)『羽柴秀吉とその一族――秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書, 2025年.
黒田基樹(著)『羽柴秀長とその家臣たちーー秀吉兄弟の天下一統を支えた18人』角川選書,2025年
柴裕之(著)『羽柴秀長――秀吉の天下を支えた弟』角川選書, 2025年.
黒田基樹(著)『羽柴秀長の生涯――秀吉を支えた補佐役の実像』平凡社新書, 2025年.
黒田基樹・柴裕之〔編〕『羽柴秀長文書集』東京堂出版, 2025年.
桑田忠親(著)『豊臣秀吉研究 上・下』角川選書.2025年
河内将芳(編著)『秀吉と豊臣一族研究の最前線』山川出版社,2025年
和田裕弘(著)『豊臣秀長ーー天下人の賢弟の実像』中公新書,2025年
福田千鶴(著)『豊臣家の女たち』岩波書店,2025年
黒田基樹・柴裕之(著)『戦国武将列伝・別巻2 豊臣編』戎光祥出版,2026年